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……………
「七音。開演1時間前だぞ。準備は出来ているか?」
控え室の扉を開けて入ってきたのは、ステージ衣装に着替え終わっている雨宮だ。
その後ろには同じようにそれぞれのイメージカラーの衣装を身にまとっている日晴、雪之原、クラウディも見える。
「バッチリだよー!」
「そうか。気を抜くなよ」
「わかってるって!」
weather lifeの要とも言えるボーカルの美空七音は、緊張感を感じさせない明るい返事を返した。
椅子に座ってクルクル回っている分、気が抜けすぎのようにも見えるが。
「それにしてもナオ君がこんな小っちゃい町でライブするとか言い出すなんてねぇ。
ラスベガスからもお声がかかってたんじゃなかったっけぇ?なんでこっちにしたのー?」
「えー。だって都会に住んでる人なんて、ライブ見に行こうと思えばすぐ行けるじゃん!
でもこんな田舎町に住んでる人って、交通も不便だし、足腰が悪いおばちゃんとかは一生見てもらえないかもしれないんだよ?
どうせなら色んな人に僕の歌を聴いて欲しいし、そーいう人達がたまには美味しい思いをするのもいいんじゃん」
「美空さんって、音楽に対する姿勢だけは本気一流っすよね。尊敬するっす」
「へへッ。もっと褒めて、ヒーちゃん」
「聞こえなかったのか、七音。『だけは』だ。『だけは』」
雨宮から厳しい言葉を受け、ぷくっと頬を膨らませる音楽(のみ)一流男。
「そこまで言わなくてもいいのに。ねー、エマちゃん!」
「……え?」
「エマ」という言葉が口から出てきたが、見る限りこの部屋には美空ひとりしかいない。
他4人の頭上に「?」マークが浮かぶ。
「エマっちぃ?この部屋にはナオ君しかいないじゃん〜。そういえばさっきから全然いないけどどこ行っちゃったんだろぉねぇ」
「いるよ?ここに。エマちゃん、恥ずかしがってないで出ておいでよ!」
美空がソファーの後ろまで椅子のタイヤを転がし、誰かに話しかけると…
「………ッ…」
頭から目までのほんの少しが、ソファーの上に顔を出した。
間違いない。エマだ。
「何してるんだ。そんな所で…」
「……ッ…///…え…えっと…ごめっ…ごめんな…さい」
ようやく落ち着いた所で彼女は立ち上がった。
「急に大勢のムサい男達が入ってきてビックリしちゃったんだよねー」
美空がお願いもしていないフォローをしたが、耳の不自由なエマにはそれも聞こえない。
雨宮は小さくため息をついた。
「彼女が入ってもう結構経ったと思っていたが、やはりまだ慣れないな…」
「そうっすね。どーすりゃいいんでしょ」
ふたりの言う通り、数ヶ月前に作詞担当としてweather lifeに加入したエマ・ガーネットだが、彼女にはまだ問題が残っていた。
それは極度の「男性恐怖症」
元々内気で人見知りが激しく、男性と触れ合う事に異常な程の抵抗を見せる性格。
weather lifeに入り、メンバー達にも徐々に慣れ、ある程度接すれば心を開いてくれるようになったが、
突然部屋に入って来られたり肩を叩かれたりすると、驚いて色んな場所に隠れてしまう癖が治らない。
何故か不思議な事に、この隣にふてぶてしく座っている美空とは、コミュニケーションを取る事が平気のようなのだが。
「全く…どうやったら慣れてくれるのか」
「いーのっ!エマちゃんは僕とだけ仲良しラブラブしてればいーからね!」
「ヒャッ!」
ドンッ!
※調子に乗って抱きついたりしようとすると、さすがの美空でも弾き飛ばされてしまう。
「調子に乗るな。七音。…ん?」
雨宮の肩を後ろから叩いてきたのはドラム担当のクラウディだ。
今日も高く、形の良い鼻をしている。
「どうした、クラウ…あ」
彼が指さした時計の針を見て声を漏らす眼鏡。
開演1時間前。
そういえば、この時間は5人揃って裏方のスタッフに呼ばれている時間だった。
「そうだったな。七音。ステージ裏に行くぞ。早く来い」
「えー…この部屋があったかいし!ミヤ君、代わりに話聞いといてよ!」
「そんなだからお前はいつまで経っても『音楽だけ』と言われるんだ。いいから来い」
行動と時間に厳しい雨宮に手招きをされ、「仕方ないなぁ」と面倒臭そうに椅子から立ち上がる。
『ちょっとステージ裏に行ってくるね。ここにいてね』
携帯に打ち込まれた文字を見せられて、エマは「わかった」という意味の小さな頷きを見せた。
「早くしろ、七音」
「そんな急かさなくてもわかってるってー」
彼女をひとり残して5人が部屋を出ようとした、その瞬間だった。
「雨宮!大変だ!」
突然、廊下の向こうからスーツを着た男性が走ってきた。
マネージャーの五十嵐(イガラシ)さんだ。
「五十嵐さん?どうかしましたか?」
「受付が大変な事になってるんだよ!」
受付?
多分、今の時間は入り口ゲートが開き、続々と客が入っている時間帯だ。
「どうしたんですか?」
「受付の女性がひとり貧血で倒れたんだ!すぐに病院に運んで、まぁその人は大事には至らなかったんだけど…」
「…はぁ」
「人数だよ、人数!人数があとひとりしかいないんだけど、客の数が多すぎて受付が回らずに混乱状態になってるんだ!
こんな小さな会場だからスタッフも今日はかなり少なめだしヘルプがいないんだ!誰か一緒にやれる人はいないかい!?」
受付をやれる人!?
そんな事を急に言われても…
「そんな!俺達も今から出ないといけないし、どうするんすか!?」
雨宮の考えている事を代弁するように日晴が口を開いた。
「でもっ、このままじゃ開演時間を延ばさなければならないし…どうすれば…」
心底困った様子の五十嵐さん。
しかし、我々を頼られても今は自分達も行かなければならない場所があるし、そう簡単に代行者なんて…
「じゃぁ、エマちゃんにやってもらえば?」
「はぁっ?」
そこで偉そうに腕を後頭部で組んでいる美空が、突然横からとんでもない事を言い出した。
「な、何言ってるんだ!?客の中には男も大勢いるんだぞ?彼女に出来るわけがないだろう!?」
「だってチケット確認するだけでしょ?それだけなら出来るよー」
「さっきも見ただろ?僕達が部屋に入っただけで隠れてしまうような子だぞ?無理に決まっている!」
「……っ」
雨宮君と七音君が言い合いをしている中、その他の人達が自分の方を見ている。
怖くなって咄嗟に手を唇にあてた。
「緊急事態なんだ!?あの子じゃダメかい!?」
「そんな…」
マネージャーの言葉に雨宮も困惑している様子。
…どうする?
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