……………


彼女がシャワーを浴びている間、もう一度窓の外を見てみる。


ザーッザーッ!


やはり結構酷い雨。

透明の窓に激しく大量の雨粒が叩きつけられて、周りの音が聞こえづらい。



ゴロゴロゴロゴロ!!!



目の前がまたピカッと光り、再び大きな音が。

これは今日中にはやみそうにないな。




「クラウディ君」

「…ッ」


名前を呼ばれて振り返ると、顔だけドアの隙間からちょこんと出している髪が濡れたローラさんがいた。

よく見ると頬が赤い。


「あぁ、あがったんですか」

「うん。あのね…パジャマ…持ってないの。何でもいいから服を貸してくれないかな」

「あぁ…そうでしたね。自分の服結構大きいけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫!折ってなんとかするから!ちゃんと洗濯して返すし」

「別に気にしなくていいですよ」


クラウディは棚の中を探し、彼女が着れそうなTシャツとパンツを取り出す。

かなり大きいけどこのサイズしかないし仕方がない。

そして隙間から顔を出している彼女にそれを渡した。


「はい。ちょっと大きいかもしれないけど我慢してくださいね」

「ありがとう!あ、あとドライヤー借りてもいい?」

「構いませんよ。洗面台の右上に置いてあります」

「うん、色々ごめんね」



扉を閉めた後一時して、ドライヤーの音が聞こえてくる。

よくよく考えたら、あれかなり無防備だよね。

全く…相手が自分だからって気を抜きすぎだ。

他の男の家に泊まる時は気をつけてもらわないと(というか、出来れば泊まって欲しくないけど)







雑音とも感じないドライヤーの音を聞きながらソファーへ戻り、再び絵本を手に取る。





…―バレルさんにも読ませてあげたいな。

これ読んでホッとしない大人はいないだろうし。

まぁ…多分無理だけどね(笑)―…




「…………。」



頭にリピートされた彼女の台詞。


バレルさんに読ませてあげたい…か。


彼女らしい考えだ。


この絵本は自分とローラさんを巡り会わせてくれた。


自分にとっては奇跡の絵本。


これだけが彼女と自分だけの繋がりだったのに…


これを読んでいる時も…やっぱりローラさんはバレルさんの事を考えてしまうんだな。



「はぁ…」



強欲になる自分が嫌になる。



こんなにピュアで汚れのない絵本なのに。


心はこの雨のように欲が降り注いで、いつ自分の器から溢れてしまうか不安になる。




「もっと…我が儘に生きてもいいのかな…」







ポツリと悲しい独り言が漏れた。











ゴロゴロゴロゴロ!!!!


ドカ――――――ンッ!!





「…ッ!」



突然、地響きと共に視界が真っ暗になる。


今の大きな雷…?

間違いない。停電だ。

今、凄く大きな音がしたし床も揺れたから近くに落ちたのかもしれない。



「ク…クラウディ君…!」


ヨタヨタしながら歩く音と怯えた声はローラさんだ。

明かりも消え、ドライヤーも使えなくなった。

彼女は突然の出来事に心細くなったのか、こちらの部屋に慌てて来たみたいだ。


「ローラさん。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だけどっ…」




ゴロゴロゴロ!!!!


ドカ――――――ンッ!!



「キャッ!…ごつん!痛っ!」


また床が揺れたと同時に、彼女がどこかにぶつかった鈍い音が聞こえた。

部屋の中は真っ暗でお互い姿が見えない。

クラウディは声が聞こえる先を頼りに体を動かした。


「落ち着いて」

「うっ…うんっ…」



ドカンッ!!



「ひゃ、わっ!」


ドスン!


また雷の衝撃で床が揺れた。

驚いて足がよろめいたと同時に、目の前に倒れ込んだローラ。


全く…。

雷ごときで情けないな、私…







「ローラさん?大丈夫?」

「大丈っ…え?」




聞こえてきたクラウディの声は、何故か左耳のすぐ傍から。

肌から伝わる温かい感覚。

え……私…今…





クラウディ君を押し倒してる!?



「わ!ク、クラウディ君!ご、ごめん!すぐ退けるから!」


倒れた目の前にソファーから身を乗り出したクラウディがいたらしく、そのままの勢いで彼を巻き込み押し倒してしまったようだ。

急いで体を持ち上げようとした瞬間、


スッと背中に温かい熱が伝わる。


彼の片手だ。


私の背中を押さえるように、大きな手の平を乗せられた。


「…っ…!?////」

「あんまり動くと、また転んじゃいますよ」

「で、でもっ」

「大丈夫。危ないから電気がつくまでこのままでいて」


彼の吐息が耳に当たる。

と同時に、今の体勢があまりにも恥ずかしくて顔まで熱くてたまらない。



「クラウディ…くっ…その…恥ずかし…///」



ゴロゴロゴロゴロ!!

ドカンッ!!!


「キャッ!」


何度も響く大きな雷の音に、思わず彼の胸にしがみついてしまった。


「怖がりだね、ローラさん。大丈夫ですよ。少しの間我慢して」


彼は背中に乗せていた手の平を肩まで回し、私がその場から落ちないよう固定してくれている。

シャワー浴びたての同じシャンプーの香り。

乾く直前のしっとりとした髪の感触。


どうしよう…

こんな経験初めてで、

心臓が凄くドキドキ言ってる、私っ/////


「怖い?」

「えっ…や…」

「心臓早いね」

「……ッ…/////」



鼓動が聞かれてる。

やっぱり…恥ずかしい。


でも何故だろう。

恥ずかしいけど…なんとなくこうしてると落ち着いて雷の怖さも忘れられる。

こんな真っ暗闇だけど、こうやってくっついているだけで、クラウディ君の体がどれだけ大きいかってわかる。

なんというか…守られてる感覚。

とりあえず明かりがつくまで、言われた通りこのままじっとしておこう。

フラフラ歩き回ってた方がよっぽど危険だし。









ピカッ…

ピカッ!





2分〜3分じっとしていると、ようやく視界に光が戻った。

雷が落ち着き、マンションの電気が復旧したようだ。



「はぁ…ビックリした。ごめんね、クラウディ君」



よかった。


とりあえず安心して体を起こそうとするが。



あれっ…



彼が背中の手を退けてくれない。




「クラウディ君?もう大丈夫だよ?」

「…………。」

「ねぇ…」

「…大丈夫…じゃないですよ」


回された片手にグッと力が強く入り、もう片方の手も腰に回る。


「えっ?…ちょっ///」

「ローラさん…やっぱり貴方、無防備すぎるよ」

「…ッ////」



必要以上に耳元で囁かれ、彼の頬と私のこめかみがピッタリとくっついている。

普段と…声のトーンも違う。



「自分がもし…悪い男だったらどうするんですか?」

「そんな…クラウディ君はそんな事する人じゃないよ」

「貴方に何がわかるんですか?」



温かみのない、どこか冷たい口調。


私が…彼の何を知っているか?


返ってくると思っていなかった冷めた返答に驚いて、咄嗟に何も返せなくなる。


「わからないんですよ。ふとした拍子にそういう悪い感情が芽生える事があるんです。

男なら誰でも。

もちろん…自分にも」


「…………。」


「貴方のような小柄な女性なら…このまま無理やり体勢を変えて体を抑えつける事も、抵抗しないように力で言う事を聞かせる事も、男なら誰でも簡単に出来てしまうんです。それを自覚していますか?」


彼女の無防備さを叱りつつも、その言葉の中には何とも言えない切ない思いが混じっている。

ふと背中の手を離され、そして両手で頬を抑えられた。






「クラウッ…」


「…………。」






鼻と鼻との距離がわずか数センチの至近距離で、じっと見つめられる。



綺麗な瞳。


こんなに彼の顔を近くで見たの初めて。

蒼い宝石のようなハイライトのない瞳に、自然と視線が釘付けになってしまう。


「脅してるんですよ」

「…う…うん…」

「…………。」



だけど君の目は「怖い」とは感じなくて

そして視線がお互い離せない。


彼は愛しそうに私の頬を優しく撫でる。

























…―だってクラウディ君。いつも他人の事ばかり考えて、自分の事は二の次って感じだし…


…―そろそろ、お前が主役になってもいい頃なんじゃないのか?






…―もっと…我が儘に生きてもいいのかな…


















「…………。」













眉をひそませて目を閉じ、彼はグッと口の中で歯を食いしばる。



そしてゆっくり瞼を上げた。


















「ローラさんは…バレルさんが好きなんだよね?」



「…ッ……」





絞り出すような切ない声と表情に、胸が強く締め付けられた。

頬を抑えている手も…心なしか少し震えていて。



「そう…なんだよね…?」



「そうじゃない」って言って欲しい。

その思いが心臓に突き刺さる程痛いくらいヒシヒシと伝わって。


何も答えられずに黙ってしまうと、彼はやっと優しく笑った。




「それなら、彼以外の男にそんな顔を見せちゃダメだよ。

こんな無防備な姿も…

彼以外の男を簡単に信用しすぎちゃう事も。

いいね?」


「………ッ…」





その瞬間だけ、時が止まったように感じた。





彼は改めて小さく息を吐いた後

ゆっくり手を離し、私ごと体を起こす。


「クラウディ君…っ…私…」

「わかってる。今は何も言わないで。自分が一番わかっています。
自分から応援しますと言っておきながら、勝手に貴方にこんな感情を抱いて…おこがましいのは百も承知です」

「…………。」

「でも、ローラさんは今回相手が自分だったからよかったんですよ。
自分が図々しいのはわかってますけど、ローラさんも他人の男を簡単に信用しすぎです。今の言葉…忘れないでください」


何も言えないまま困惑していると、彼はまるで年上の男性みたいに柔らかく頭を撫でてくれた。


「それに『今回』だけだよ?次は…もう無いからね」

「無いって…?」

「貴方が思っている以上に、自分も男だって事です。
今忠告したのに言う事を聞かなかったのであれば、次は遠慮なく食べてしまいますから♪」

「…ッ…////」


腹の中に黒い感情を抱えた笑みが、初めて狼のように見えた。

この人は、冗談を言っていない。



「さ。雨酷いから怖いでしょう。また停電するかもしれませんし、今日は電気を消して早めに寝ましょう。
自分のベッドを使っていいですよ」

「え。でもクラウディ君は?」

「じゃぁ、一緒に寝る?」

「…っ////」

「冗談です(笑)自分はここの部屋に布団を敷いて寝ますから。ほら、立って」


彼に手を引かれてソファーから立ち上がる。

さっきまで私を包み込んでくれていた大きな手。

温かくてその握り方はやっぱり紳士的。

そのまま隣のベッドルームの扉の前まで誘導された。







「それじゃ、おやすみなさい」

「…………。」


彼女は目も見れずに、ただ下を向いていた。

まだ自分の想いに応えられなかったという事実に、強い罪悪感があるのか。


「ローラさん?」

「クラウディ…く…ん…」


ようやく上げた顔は、瞳が潤んで今にも泣いてしまいそう。

その表情に「はぁ」と彼はため息をついた。


「またそんな顔…さっきダメだって教えたばかりでしょ。いくら自分でも勘違いしますよ」

「えっ…あ…ごめん…」


すっかりしょぼんとしてしまう。

きっと無意識なんだ。

そんな顔をしてしまうのも悪気はない。

もう注意も出来なくて、眉を下げて笑うしかなかった。



















私…何やってるんだろう。

クラウディ君がこんなに私の事を考えてくれていたのに。

私はずっとこの子を傷つけていたのかもしれない。

彼の気持ちに…今すぐイエスは出せなくて…


何度もあの人の顔が浮かんでしまう。


でも…それでも…









とん。







「ッ…」



悩んでいるローラに対し、クラウディは彼女の肩に手を置き

屈んでそっと耳元に口を近づけた。






「貴方は素敵です。

この自分が好きになった女性なんですから。

だから自信を持って」


「……ッ…!クラッ…」







グイッ!


見上げて何かを伝えようとした瞬間、

握られた肩を手で押し出され、寝室に後ろ向きで入れられた。


そのまま扉は閉められ…


「おやすみ。ローラさん」


壁の向こうから彼の声が聞こえてきた。



「お…おやすみ…」


「…………。」


彼女がベッドに入る音を確認。


数秒何を考えているのか、そのまま立ち尽くし


クラウディはその扉の前を去る。


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