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……………
グツグツグツ…
カレーのスパイスの香りが部屋中に広がる。
バレルさんはいつも外ばかりを見てるけど、退屈じゃないのかな。
そういえばこの部屋ってテレビもラジオもないし。
まぁ私もあんまりそういうの観ないけど。
普段もあんな感じで外を眺めて過ごしてるのかな。
キッチンから彼の姿をたまに覗きながら、隠し味のコーヒーを入れてかき混ぜる。
小皿に味見用として少量のルウを取ってみた。
「辛っ」
少しだけ舌で舐めると結構な辛味を感じた。
辛いって評判のカレーだからな…
あの人が食べられるか心配だったけど、味は美味しいし大丈夫かな。
辛がってヒーヒー言ってるバレルさんの姿もちょっと見てみたいし。
もう一度だけ彼に気づかれないように、瞳だけを向けてみた。
・
・
・
「出来ました」
出来上がった大皿のカレーライスをテーブルに置く。
そしてスプーン。水を注いだコップも。
「ちょっと辛みの強いカレーですから、水を飲みながら食べてくださいね」
「あぁ」
すると彼は「いただきます」も言わずに、私が作ったそれをかき込むように食べ始める。
よほど空腹だったのか、カレーは飲み物と言わんばかりに流し込み…
か…辛くないのかな?
お水も全然飲まないし。
「…………。」
「えっ…あ、はい」
空になった皿を渡される。
彼は普段食べ終わると皿をテーブルに置く事から、これは「おかわり」だとすぐにわかった。
1皿目をあっという間に平らげ、すぐに2皿目を要求。
その2皿目も一気にかき込んで胃袋に入れている。
相変わらず、ビックリするくらい凄い食欲。
大食い選手権にでも出ればいいのに。
「…………。」
「…なんだ?」
「あ、いえ…」
ポーっと彼の食べる姿を眺めていたら、変に思われてしまったようだ。
その後すぐにまた食事を再開するバレル。
本当は今日は私の誕生日だって言いたいけど。
そんな事言ったって、なんだかお祝いして欲しいみたいで迷惑だよね。
ましてやバレルさんにそれを言ってもな…
カラン。
5皿目を食べ終えた所で、バレルはようやく皿をテーブルに置いてコップの水を一気に飲み干した。
恐らく食べ終わった合図だ。
「食べ終わりましたか?」
「…あぁ」
予想は大当たり。彼に確認も行う。
その後、テーブルのお皿とコップを重ねてキッチンへ向かうローラ。
まぁ…仕方がないよね。
バレルさんが他人の誕生日を祝う姿なんて、全然想像つかないし。
頭の中でそんな事を考えながら食器を洗った。
大皿、スプーン、コップ。
全てを洗い終わり、敷いたタオルの上に並べる。
これで、ここでの私の仕事は終わりだ。
手をハンカチで拭き、「帰れ」と言われる前に自分のバッグを先に持つ。
その様子が目に入り、バレルがローラに瞳を向けた。
「それじゃ、私帰りますね。カレーはまだ少しお鍋に残ってますから明日食べてください。また来ます」
「…あぁ」
軽くお辞儀をして玄関へ向かうと
何故かバレルさんが立ち上がる音が聞こえた。
どうしたんだろうと思いつつ、特に気にせず靴を履き直して立ち上がると…
ぽん。
「…え?」
彼は私の後ろまで歩いて来ていて
その手によって、玄関の靴棚の上に突然ひとつの袋が置かれたのだ。
驚いてぽかんとしているローラに、バレルは何も言わない。
それは水色のグラデーションに着色され、いくつかの星が散りばめられている美しい空だ。
「バレルさん…?……あの…これは?」
「持って帰れ」
へっ…?
これを私にくれるって事?
無意識に瞬きを忘れてしまう。
唐突な出来事に頭が真っ白になりながら、その小さな袋を手に取り、そっと開けてみる。
「えっ…」
出てきた物に一瞬言葉を失った。
私が手に取っているのは、星柄が入った綺麗なハンカチ。
袋のデザインと似て、青と黄色のグラデーションが夜空をイメージしたような、まるで美術品の絵画。
高鳴る胸を抑えながら、恐る恐る彼の顔を見てみる。
「あのっ…?え?バレルさん……もしかして…私が誕生日だって事…」
「あの馬鹿がしつこかったからだ。勘違いすんな」
あの馬鹿って…あ、もしかしてリッキー君?
いや。リッキー君が馬鹿ってわけじゃないけど。
彼が無理言って一緒に買ってくれたの?
それでも驚きの展開に、普段は頭の回転が早いローラも上手く言葉が出てこない。
まさかバレルに誕生日プレゼントを貰えるなんて夢にも思っていなかったから。
「なんだ、その顔は…」
「ご、ごめんなさい!ちょっとビックリしちゃって……えっと…あ、ありがとうございます!」
「…………。」
アザのある顔。眉間にシワを寄せて目を逸らされた。
すっごいニヤニヤしちゃったから、もしかしたら変に思われたかも。
でも…凄く嬉しい!!
まさか…まさかこんな日が来るなんて…!
「だからなんだ、その顔は…」
「いえ、凄く嬉しくて…////」
「…………。」
「あと、バレルさんからのプレゼント、いつもハンカチだなって思って(笑)」
「黙れ」
あ。また目を逸らした。
その顔が凄く今は可愛い。
本人に言ったら叩かれそうだから言わないけど。
でも今日は、バレルさんの存在がいつも以上に近く感じられる。
「大切に使わせてもらいますね。本当にありがとうございました」
丁寧に頭を下げるローラ。
強面のバレルに対し、本当に嬉しいらしく満面の笑みを見せた。
「また来る時メールをします。それじゃ…」
「それ貰った事、アイツに言うなよ」
「え?リッキー君と一緒に買ったんじゃないんですか?」
「いーから黙ってろ。口滑らせたら殺す」
「……?」
ローラは彼の顔を見上げたまま頭上に「?」を浮かべている。
なんだかよくわからないけど、そう言われたなら黙ってた方がいいのかな。
そんなんで殺されちゃ困るし。
「あと…」
「…?」
「美味かった」
「え?」
「今日の」
「…………。」
「帰れ」
そう言い残し、バレルは玄関から離れて元いた部屋へと戻ってしまった。
……え?
…え、え??
今日の美味かったって…
頭の中は空っぽのまま自然と扉のノブを握り、
まだまだ混乱状態のまま外に出て扉を閉める。
ガチャン…
・
・
・
・
・
「カレーの事!!!?」
咄嗟に声に出てしまい、恥ずかしさで口を抑えた。
バレルさんが初めて美味しいって言ってくれた…!?
嘘、ゆ、夢じゃないよね!?
痛い!ほっぺ引っ張るとめちゃくちゃ痛い!
もう一回…痛い、何度やっても痛い!
夢じゃない!
実感がじわじわと湧いてきて顔がリンゴ状態。
自分でもわかる程熱い。
わぁぁぁ…!
どうしよう…
バレルさんにプレゼントを貰えた上に「美味しい」って言ってもらえたなんて!
何、今日の誕生日!?
嬉しすぎて死んじゃいそう…!///
どどど…どうしよう!
異常に舞い上がった気持ちを落ち着かせなければと大きく息を吐き、
改めて彼から貰ったハンカチをもう一度見てみた。
可愛い…
こんなに可愛い柄のハンカチ、バレルさんが私に買ってくれたなんて。
あの怖い顔で商品を選んで、そして店員さんに渡してお金を払って。
多分恥ずかしかっただろうけど、それを私の為にしてくれたんだよね。
ハンカチを広げ、幸せな気持ちで胸がいっぱいになる。
こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。
「っ…」
ふとハンカチの裏面に、小さくロゴのようなものが縫われている事に気づいた。
「どこかのブランドなのかな?お洒落…」
ローラはニヤついた顔を必死に隠そうと口元を手で覆いながら
トランクを引いて、軽い足取りで階段を下りる。
【Star Sand】
それがハンカチの隅にあったロゴだ。
fin
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