Final

棗の黒い瞳が薄暗くて狭い空間の中、妙によく見える。

息をのむほど重たい空気が漂い、棗と俺を襲う。

「・・・今、なんつった・・・?」

「私は沖田くんがずっと好きだったんだよ。
土方さんに手紙を渡す前から、ずっと。」

「じゃあ、なんで土方さんに手紙なんか、」

「ずっと、一緒にいれると思ったから。」

「は?」

「沖田くんにそれを頼めば沖田くんに会う口実ができるから。そしたら、沖田くんとの関係が途切れないと思って。」

「・・・。」

「恋人になりたいなんて初めから思ってなかった。恋人になんてなれなくていいから、そばにいたかった。それだけで良かったから、だから・・・。」

棗の声は少し震えているくせに、黒い瞳だけは俺から離そうとしない。

「慰めてやるって言われた時、ほんとはもの凄い嬉しかった。アバズレ女って思うかもしれないけど、沖田くんが私を想ってなくてもそんな関係になれることが嬉しかった。」

「馬鹿なこと、言ってんじゃねェ。」

「馬鹿でいい!馬鹿でいいから私、これからもずっとこの関係で、」

「そんなん願い下げでさァ。」

棗ははっとして初めて俺から視線を逸らした。俯向く顔は見えないが棗の白い手はぎゅっと拳をつくっていた。

「、ごめ、わ、私、」

「誰がこんな関係でいてやるか。」

「・・・!お、おきた、く・・・!」

俺は腕を伸ばして棗を自らの前まで引きずり寄せて、思い切り抱きしめた。

「てめぇが俺に惚れてて、俺がてめぇに惚れてんならこんな関係でいてやる義理はねェだろィ。」

「・・・え・・・?沖田くん、今・・・?」

「黙りなせェ。」

俺がさらに腕の力を強めると、棗はうぐっと苦しそうな声を漏らした。
そして、離せ離せとでも言うように腕の中でじたばたと暴れ始めた。

「うそ、うそだよ、嘘だよ!」

「はぁ?」

「だって沖田くん一度だって私のこと見てなかったんだよ!」

「見てんだろうが、今だって。」

「ち、違う、今とかじゃなくて、その、あの、えぇっと・・・」

「あぁ、ヤってる時のことですかィ。」

「ヤ、ヤってるって・・・ま、まあそうなんだけど、沖田くんずっと目を閉じてたから。私にほ、ほほ惚れてるんならどうしてわわわ私を見てくれなかったの。」

棗は俺の隊服をぎゅっと握りしめている。
小さく震えるその拳は何かに耐えているようにも見えた。

どうしてって、理由なんか言えるかよ。
つーか、言いたくねぇし。

「・・・やっぱりいいや、別に嘘でも、」

「よく考えりゃ、お前も俺の目ぇみてねぇじゃねぇか。」

「え?」

「俺が目ぇ閉じてたんなら、お前は俺の目を見れねぇはずでさァ。てめぇが見たのは俺のまぶたっつーことになりやす。だから、俺だけお前を見てなかったことにはなりやせん。」

「はぁ?!」

「つーかまず、俺目ぇ閉じてたんで、あんたが目ぇ開いてたか閉じてたかなんてわかんねぇし。」

「い、いや、でも沖田くんが目を閉じてたって私知ってるから、目を開けてたってことに、」

「あんたが目ぇ開けてたって証明できるもんでもあるんですかィ?自分のことがあやふやなくせに、他人だけ責めるなんて言語道断でさァ。」

「っ、この、屁理屈男!証明って、写真でも撮れって?!できるわけないでしょ!それより私がせっかくやっぱりいいって取り消そうとしたのに、・・・!」

俺は棗の喋っている途中にぐっと棗の黒い瞳に俺の目を近づけた。
棗は驚いたように押し黙って俺の瞳から目を逸らした。

「証明出来ねぇんなら、今から証明して見せなせェ。」

「え?」

棗は逸らした瞳を再び俺の方へ向けた。俺の瞳に棗が、棗の瞳に俺が映り込んでいる。

「俺の目ぇ見ときなせェ。てめぇのが俺を見てるかどうか、確かめてやらァ。」

俺はそう言うと、棗の唇にそっとキスを落とした。







棗の瞳にはずっと俺が映っていた。
棗は俺の名前を何度も何度も呼んでその度に涙を流した。
俺が好きだと何度も何度も繰り返し、柔らかく笑った。







「・・・ねぇ、沖田くん。」

「なんでィ。」

未だに腕の中にいる棗の頭に顎を乗せる。

「これからも、ずっとそばにいてもいいんだよね。これからもこうして沖田くんの側にいれるんだよね。」

棗は肩にまわっている俺の腕に細い指先を沿わせる。そして、俺の手を上から握りしめた。

「俺があんたに飽きるまではねィ。飽きたら知りやせんぜ。」

「いいよ、飽きるまでで。それまででいいから、こうして一緒にいてもいいよね。」

「・・・あんたがしてぇようにしなせェ。」

俺は柔らかい棗の髪に顔を埋めた。
シャンプーの甘いような、爽やかなような不思議な香りがする。

「お前カーテンの色変えた?」

「え?あぁ、うん。飽きちゃったから。」

「ったく、最近の若いやつは飽きっぽくていけねぇや。」

「沖田くんの方が若者だけど。」

「俺ァどんなもんでも、一度持ったら壊れてボロボロになるまで使い切るタイプなんでねィ。すぐ飽きちまうその辺の奴らよりずっと大人なんでさァ。」

「・・・それって人間でも当てはまるの?」

「さっさと寝なせェ。明日早ぇんだ。」

「ねえ、沖田くん。」

「・・・。」

「大好き」

「俺も、とでも行って欲しいんですかィ?」

「・・・はい。」

「言うわけねぇだろィ。いいから寝なせェ。」

「うん。おやすみ」

棗は少し不満そうに返事をすると、俺の手を握ったまま眠りに落ちていった。

「・・・だいたい、んなこと自分で考えりゃすぐ分かるじゃねぇか。」

俺は棗の頭から顎をはなして、棗に続くような形でまぶたを閉じた。




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