イアンは髪を切った。
クリスマス休暇に帰ってすぐのことだ。イアンに髪を伸ばさせた張本人の母親と、よく彼の髪で遊んでいた妹は残念がったが、イアンはずっと考えていたのだ。

基本的にファッションや見た目に関して、イアンは特にこだわりはない。品があり、レヴィナス家に相応しい身なりをすることだけだ。髪に関しても最低限、マナーとして綺麗に保つことは必要であったためやっていたぐらいで、伸ばすことでより多くの髪の手入れまで強いられることとなるのが億劫になっていた。
そして何より先日あった“屈辱的なこと”は髪を切る決め手とするのには充分なできごとあった。




「そこの君、そこのブロンドの、そう君だ」

図書館からの帰り道、後ろから投げかけられた“ブロンド”にちょうど思い当たったイアンは歩みを止めて振り返った。
ブルーのネクタイを締めた、生真面目そうな上級生が、にこやかにひらひら手を振っている。その振られた彼の手に収まる黒のリボンに覚えがあったイアンはようやく、束ねられていた自分の髪が緩やかに広がっていることに気がついた。

「ああ、すみませんミスター」
「気付いてよかったよ。床に落ちてしまっていたからね、スコージファイ。よし、これでいいね」
「ありがとうございます」

上級生は丁寧に清め魔法までかけて、リボンをイアンに手渡した。シンプルだけど綺麗なリボンだね、君のブロンドに良く似合うよ、とにこにこと笑いかけるので、イアンも失礼にならないよう、またお礼を述べながらにっこり笑う。これ以上用もないためそれでは、と踵を返そうとした時だった。

イアンの手首が上級生に掴まれた。
本人も咄嗟に掴んだのか驚いたようにパッと手を離し、ごめん、だとか、アー、と決まりが悪そうにもごもごと口を動かす。いよいよ困った顔を浮かべたイアンに、彼は絞り出すように言った。

「アー、君の名前を聞いてもいい?お嬢さん」


今まで自身に投げかけられた言葉の中で1番屈辱的だと思った。
照れくさそうに名前を聞いてきた上級生に、礼儀も何もかも忘れて思わず、「は?」と言ってしまったがイアンにそれを気にする余裕はなかった。

今までグリフィンドールの生徒に突っかかられて、その時に「女みたいな顔だ」と揶揄られたことはある。しかしそれは、イアンが男だと知っていた上で、侮辱することを意図して放たれた言葉である。腹は立ってもそれほど気に留めることではない。しかし今回はどうだろう。なんの裏表もなく、ストレートに「お嬢さん」だと言われたのだ。イアンは愕然としたまま、その場を逃げるように走り去った。



父親似だとよく言われる自分の顔がそこまで女顔だとは思っていなかったが、確かに母親似だとも言われることはあるし、父と似ている、と言う大人のアレはお世辞や社交辞令であって本当はそんなことないのかもしれない、とそれから密かに頭を捻らせていた。

セドリックにそれとなくそんなに女に見えるか聞いた時には「うーん、女の子に見えるわけじゃないけど…」と何とも曖昧でどっちつかずな回答で濁され、アルフォンスには「言ってなかったか?俺はお前のこと最初女の子だと思ったんだ。もしかしたら俺か兄が婚約するかもとまで思った」と妙なカミングアウトまであっけらかんとされた。

所作が女っぽいのだろうか。いや、作法やマナーにはうるさい家で育ったのだ。背筋を伸ばし、胸を張って堂々と。爪先から接地させ、優雅に、エレガントに、父のように歩けているはずだ。



「何を悩んでいる?」

宿題を見てほしいと頼んだが、どうにも集中力を切らしているイアンに、ついに見かねた父が声を掛けた。イアンがぽつりぽつりとはじめたその話に父は、そんなことか!といつになく大きな声で笑った。

「いや、何、私もお前ぐらいの年に、同じように
悩んだものだ。なんだ、だから髪を切ったのか?」
「父上も?」
「幼い頃は私は母とよく似てたんだ。お前もきっとそうなんだろう、今はミラベルに似ているが、そのうち私に似てくる。すぐに背も伸びて、声変わりもする。気に止めることじゃないさ」
「そう、ですか」
「まあ確かに、私の子供の時よりの血が強く出てるかもなあ。お前は目元がミラベルとよく似ている。私はそれが嬉しいよ、彼女の1番好きな部分だからね」

おさなごのしるし