「その本、あまり役に立たなかったよ」

魔法史のレポートでしょう?と少年は笑う。黄色のネクタイを固く結んだその少年は、それよりこっち、と自分が持っている『魔法の史跡』を差し出した。

「僕はさっき終わらせたんだ。よかったら使って」
「ありがとう、使わせてもらうよ。えっと」
「セドリック・ディゴリーだよ、君は」
「僕はイアン・レヴィナスだ、ミスター・ディゴリー」
「セドリックでいいよ。イアンと呼んでも?」

「君って…いや、なんでもない忘れてくれ」
「…なんだ?」
「いや本当、なんでもないんだ」
「でも僕に関わることだろう?なにか気に触ることをしたか」
「違うんだ、いやその…アー、天から落ちてきたみたいだ…って…」
「…君は僕の知るフランス人やイタリア人の誰よりキザで恥ずかしいやつだな」
「あー、だから言いたくなかったんだ、僕だって恥ずかしい…」

星が瞬くピーコックブルーの瞳に捕えられれば、まるで石になる呪文でもかけられたかのように誰だって動けなくなってしまう。
長い睫毛が瞬いて、白く滑らかな肌に影を落とすのをぼんやり見ながらそんなことを思う。ハニーブロンドのたなびく髪が、緩やかに黒いリボンで束ねられていたのもあって、彼は男とも女ともつかない、神秘的でゆらゆらと、午前一時に浮かぶ蝋燭の火のように美しく、とても不思議な存在にみえた。


イアンのことは実は、本人に名前を聞く前から知っていた。何と言えばいいのか、とても綺麗な子だと、僕が組み分けされたハッフルパフ寮でも何度か話題に上がっていた─というのも、綺麗な女の子だと思って声をかけようとしたらレヴィナスであった!というのは男子の中では鉄板の笑い話だった─女の子達は彼をみてはいつもクスクスと声を潜めて囁き合う。眉根を寄せる彼はすこし取っ付きにくそうで近寄りがたいけれど、他のスリザリン生のように他の寮を馬鹿にしたりしないし、きっと悪い人ではないんだろう。

それからどちらから合わせるでもなく図書館で一緒に勉強をするようになった。窓際奥の日当たりの良い席、彼が図書館にいる時はよくそこに座っていて、穏やかな日に当たる彼の黄金の蜂蜜色の髪はキラキラと透けるように輝いている。特に待ち合わせているわけじゃなくて、居たら一緒に勉強をするぐらい。僕がいなくても彼はそこで勉強しているだろうし、僕がいっても彼はいない時もある。今日は違う日だったか、なんて少しだけがっかりとでも言おうか、寂しい気もしたりする。会話は決して多いわけじゃないけれど彼と過ごす時間は、穏やかで落ち着くお気に入りの時間だった。

「イアン、ここなんだけど」
「ああ、これは」

イアンは博識だ。レイブンクローじゃないのがびっくりするほど賢くて、何より勤勉だ。僕が分からないところも彼に聞けば丁寧に教えてくれるし、彼はその知識を得るための努力を苦としていないようだった。才能がある上に努力家なのだからすごい、僕が言うとイアンはびっくりしたみたいに目を丸くして、耳をほんのりと赤くさせた。それから僕に何か言おうとしたが、やめた。ピーコックブルーの瞳はひとつ瞬いて、所在無さげに彷徨う。結局は薔薇色の耳を持ちながら「レポートを進めたらどうだ」とそっぽを向かれてしまった。
彼は照れているのだ。あまりみせないその姿がなんだかおかしくて思わず小さく笑うと、彼は眉根を顰めて睨んできたが、全く怖くはなかった。

「照れなくてもいいのに」
「うるさい」

彼の耳にはまだ赤が滲んでいた。


微笑みと小さな嘘