幸福な記憶







その日は安室が舞尋を外へ連れ出せる日だった。

外の世界を多く知ってもらいたいと連れ出した先で、偶然にも彼らは同じく出かけていた赤井と明美に遭遇したのであった。

顔を見合わせた途端に険悪な雰囲気を出す二人……主に安室がだがに対し、舞尋と明美は久々の再開に喜んでいた。

ふと思いついたように舞尋は三人に言った。

『みんなでゆーえんち、行こう!』

その提案に三人は目を丸くする。

元々 安室は、遊園地を知らないという舞尋のために今日はトロピカルランドに行こうと彼女を誘っていた。

そのことを思い出した舞尋はそう提案したわけだが、如何せん安室は眉を顰める。

明美はまだいいとしても、赤井と一緒となるとどうしても嫌だった。

「舞尋。彼女たちにも都合があるかもしれませんし、無理に誘うのは………」

「あら! 私は全然大丈夫よ!」

安室が断ろうとした矢先に 明美は嬉しそうに彼女の提案に乗った。

「大くんもいいわよね?」

赤井の方を向いて明美は訊ねる。

赤井……この時は諸星 大と名乗っていた彼は、少し考える仕草を取ったが小さく頷いて了承してくれた。

それに顔を明るくした二人とは対照的に、安室の表情が歪む。

そんな彼に舞尋は一切気づかず、レッツゴー!!とまだ見ぬ遊園地に想いを馳せた。



初めて目にした遊園地に舞尋は目を輝かせた。

くるくる回るジェットコースター。

歓声で賑わうアトラクション。

どれもが彼女にとってはとても新鮮で、輝いて見えた。

現在 舞尋たちはトロピカルランドの中で一際目立つ白い大きな居城にいた。

その中にある展望台で舞尋は双眼鏡で園内を見渡しており、隣にいた明美はその様子に口元を緩ませていた。

『アケミー! 大きい怪獣がいるよー!!』

「あぁ。それは恐竜ね」

『きょうりゅう?』

「大昔にいたって言われている動物よ」

『へー………!』

初めて見るものに すごいすごい!と舞尋ははしゃいでいたが、ふと顔を俯かせた。

どうしたのだろうと明美は首を傾げる。

『………シホにもこれ、見せたかったな……………』

「! ………………そうね……」

明美の妹である志保は、監視付きとはいえ それなりに自由を許されている二人とは違い 中々 外へ出られなかった。

外出に許される時間も場所の範囲も限られるために、こういった場所へ連れてくることは不可能に近いだろう。

どうしようもない現実を改めて突きつけられた明美は表情を暗くした。

しかしそんな気分を吹き飛ばすかのように、舞尋は言った。

『今度来るときは、シホも一緒!』

「!」

明美は驚きに顔を上げる。

舞尋は笑顔で彼女を見つめていた。

言葉だけ聞けば根拠なく聞こえるが、舞尋が言うと何故だか本当にそうなるように聞こえる。

それが彼女の不思議であり、魅力でもあった。

屈託なく笑う舞尋に、明美も笑みを返す。

「そうね………。今度は志保も一緒にね」

『うん!』

和気藹々と話をする二人の背後から、近づく人影があった。

舞尋の前に立っていた明美は近づいてきた人物に気づくが、敢えて何も言わずに彼女と話を続ける。

その人物は舞尋の背後にひっそりと近づくと、片手に持っていたオレンジジュースを彼女の頬に当てた。

『にゃにゃっ!?』

不意打ちの冷たさに驚いて悲鳴を上げた舞尋に、悪戯を仕掛けた人物は笑った。

「あははっ、すごい驚いたみたいですね」

『〜〜〜〜っ、トオル!!』

後ろを振り返ると、いつの間にかいなくなっていたらしい安室と赤井の姿があった。

どうやら二人のために飲み物を買ってきてくれたらしく赤井は明美に、安室は舞尋にオレンジジュースを差し出した。

ちなみに買ってきた飲み物は舞尋と明美にはオレンジジュース、赤井と安室はブラックコーヒーであった。

「喉が渇いてるんじゃないかと思って買ってきたんです」

こいつは勝手についてきたみたいですが、と悪態を吐きながら安室は赤井を横目で睨む。

そんな安室の視線を受け流し、赤井は二人に訊ねた。

「何か面白いものでも見れたか?」

『大きい恐竜見たよ! 初めて見た!!』

興奮しながら伝えてくる舞尋に三人は微笑ましく思いながら聞いていた。

その時 安室がふと思い出したように腕時計を見た。

「ーーー3分前か。走れば間に合うかな」

『?』

「行こう」

『わっ!? えっ、トオル!?』

安室が時間を確認すると舞尋の手を取って走り出した。

舞尋は咄嗟に明美の手を掴む。

それに驚く間もなく明美も彼らと共に行ってしまい、残された赤井は小さく溜め息を吐いて三人の後を追った。



四人が辿り着いた先は、噴水で囲まれた広場だった。

安室は舞尋と、彼女に引っ張られた明美を連れて広場の真ん中で足を止めた。

「………よし、何とか間に合ったか……」

息をついたところで舞尋を見て、それからついてきた明美と赤井を見て目を見開いた。

「なんで二人まで………」

「舞尋ちゃんに引っ張られて………」

「明美まで連れていかれたら行くしかないだろう」

「明美さんはともかく、お前は来なくてもよかったんだ」

再び険悪な雰囲気になるのを感じ取ったのか、舞尋が間に入るように話を戻す。

『……それより! ここで何かあるの?』

「…………そうだったね。まぁ、見ててよ。
 ーーー10、9、」

舞尋の言葉に思い出したように、安室は腕時計を見ながらカウントダウンを始めた。

「…8…7…6…5…4…3…2……ーーー1!」

カウントダウンを終えたと同時に、周りの地面から噴水のように水が噴き出した。

それは舞尋たちがいる広場の中心を囲うように湧き出し、水越しに見える風景はどこか幻想的に見えた。

「わぁっ………!」

『うわぁぁぁああっ……!!』

「ここは二時間おきに噴水が溢れ出るんです。この遊園地の裏スポットで知らない人の方が多いんですよ」

驚きと感動に声が出る舞尋と明美に安室は説明する。

『へぇー……!』

「舞尋はこういうの好きだと言っていたでしょう? だから黙っていたんですが、お気に召してくれましたか?」

『うん! ありがとう、トオル!』

嬉しそうな舞尋の笑顔を見た安室は、僅かに赤くなった頬を隠すように顔を逸らす。

そんな二人の様子を明美と赤井は小さく笑いながら見守っていた。

ふと、上を見上げた舞尋が声を上げる。

『あっ! 三人とも、見て見て!! 虹、出てる!』

「え?」

「あら、本当ね」

「ホォー………」

『綺麗っ…………!』

舞尋が指を差した方向には虹がかかっていた。

目を輝かせながらしばらく見とれていたが、再び三人の方を見て舞尋は言った。

『あのね、あのね!』

「はい?」

「なぁに?」

「どうした?」

『またみんなで行こーね!!』

無邪気な笑顔でそう言った舞尋に、三人は一瞬キョトンとするが微笑を返して頷いてくれた。





これは、仲が悪い二人の彼らがまだ一緒にいられた日の中の1日。

彼らの関係に溝が深まる前の話であり、さらにその後にそんな当たり前だと思った幸せがなくなってしまうことになるとはこの時の彼女は思いもしなかった日の出来事である。



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