輝く者が天より墜ちた
目の前の状況に盛大な舌打ちが漏れた。状況を理解できないことも至極腹立たしかったがそれ以上にこの状況がどう転んでも面倒この上ない事態になることが予感としてあったからだ。爆弾が落下したような、まさにそんな様だった。放射にのびる破壊跡にむせるかえるほどの焦げた人体の異臭、立ち込める煙に消されないその嫌な匂いが広い空間に少しずつ溶けていく。ここが密室だったらおそらく今以上に酷い匂いだったろうが今でも十分酷い。
空間はそれこそ戦闘が終わりきったような静寂と虚しさを孕んでいた。一切が動きを静止させ、生物が物体となり果てたような慣れ親しんだそれ。それゆえにこの場の中心にある唯一のそれは異常だった。ボロボロな、この場所を戦場としたのならまさにそれを潜り抜けてきたような風貌でいて、その下に広がる液体はどう見たって血溜まりであり、焼け焦げた人の匂いもそれから発せられていた。
だがそれは生きていた。それでいて“無傷”だった。すり切れた衣服から覗いた肢体は薄汚れちゃいるが白く傷なんて見えない。真っ赤になった服から覗くその白は気味が悪かった。ゆっくりと上下している体は苦しんでいる様子さえない。
「神田…これって…」
「…さあな、斬ってみりゃわかるだろ」
あとからやってきたリナリーに目を向けずにそっと六幻を握る。返り血、そう解釈すればもう目の前のそれはどこまでも敵であった。もとからこんな妙な状況下で突然爆発とともに現れたやつなんざ始末するのが道理だろう。それがますますそうすべきであるようになっただけだ。
あの量の返り血にこの匂い。その上に無傷となれば目の前のこれは相当危険だ。
真上から見下ろし、いつでも後退できるように構えながら切っ先を標的の喉に定める。
それが例え“人”の形を成していたとしても今更ためらい等感じなかった。己の背後でいまだ現状をしっかりと把握できていないリナリーでさえも止めようとしない。形が人間と同じだけで、これは…
「AKUMA…ではない……」
「ッ!ヘブラスカ!」
真上から敵を覗き込んでいた自分のさらに真上から声が降ってくる。それまでだんまりだったここの守護者にリナリーがほっとしたような声で呼びかける。そのどれにも目を向けずに眉を寄せて眼下のそれを睨みつける。
「おい、どういうことだ」
確かに今、番人はAKUMAではないと言った。この惨状にも関わらずにこれを庇うような発言に自分の眼光が険しくなったのが分かった。じっとその続きを無言で促すが、その静寂が明らかに自分の刃を収めるように訴えてきたのに大げさにため息をついて警戒は解かずにぐさりと切っ先をそれの首の真横に下ろした。いつでも仕留められるよう柄から手は離さない。
「一体なにがあったの…?」
「私にも、わからない…」
思わず刀を握った手に力がこもりもうぶった切ってもいいよな…と思案するがしかし、と続く言葉に嫌々ながらそれをとどめる。
「しかし微かにだが…」
イノセンス。
特徴的なこの空間に響く様な声はそう言った。その言葉に含まれる意味を吟味し、心底うんざりしながら目を走らせる。
このAKUMAがイノセンスをもってのこのことここまで来たのならばこいつを切ってイノセンスを回収すればいい。しかしこの通り、状況は“異様”だ。加えてこちらの殺気に微塵も気が付かずに無防備に寝こけたまま転がっているこれが、もし適合者ならば。
「…これか」
そいつの握っているそのイノセンスらしきものを見て、眉を顰めてしまう。俺の握っている、そしてこいつの命を握っているそれと同じ。拾い上げてみれば重みとその手触りが馴染み深い、しかし個々で特徴がある故にそれぞれが違い、使い手を選ぶ故郷の武器であるとはっきりと確信を持つに至った。
刀だ、しかも日本の。ハッとしてそこで初めてそいつの顔を見た。女の餓鬼だった。血の気のないその顔は確かに見れば東洋系の顔立ちで日本人だと言われればそう見える。だからといってどうという訳ではないが日本人でいて人間である可能性は限りなく低い。正直なところ今すぐにでも掻っ捌いて中身を確認しちまうのがてっとり速いのだが、そうはいかないらしい。
「神田」
咎めるような声と視線に本当に嫌になりながらも飛んでいたゴーレムをひっつかんで回線を繋いだ。我ながら低くとてつもなく機嫌の悪い声だった。
「コムイ、モヤシの奴をこっちに寄越せ、今すぐだ」
投稿日:2017/0428
更新日:2017/0428