輝く者が天より墜ちた
頭がガンガンして割れそうだった。比喩なんかじゃなくて恐らく本当に割れたのかもしれない。もう景気よくパックリと頭蓋が開いて脳漿をぶちまけて死にかけて、それを子供がおもちゃを箱にしまうようにぐちゃぐちゃに元に戻されたような、そんな気がする。気がする、というのも実際に自分がそうなったときになんかそれこそ分からないわけだし見れないわけだし、知りようがないからだ。脳のなかでガンガンとタライを永遠にぶつけ合っているような、大量の人がやんやと大声で一斉に話しているようにも思えるくらいには騒がしく煩わしく感じる。
ああうるさい、ほんともう、また割れる。
しかしそれにじっと耐えるしかできることがない。静かにしてと泣きつけもしないし耳も塞げない。そうやっていると頭だけでなく体のあちこちまでもが痛み出し喚き散らしたいような気にさせられる。
腕の関節が複雑に外れたような、はらわたが爆発して内部から崩壊したような、足の筋肉が引きちぎれて神経がおかしくなったような、そんな壮絶な痛み。
あまりにあちこち痛いものだから正直そこが体のどこかすらも分かりにくい、体の輪郭が曖昧でそのぼやけた輪郭さえも虫に食われている様に痛む。
でもそんな痛みもじわじわと引いていって、無かったことの様にひっそりと身を沈めていく。残るのは気だるさと、煩さ。さっきまでの騒々しさほどではないが、煩かった。脳内での騒音ではない、耳から聞こえてくる外部からの音だ。個々が判別できる程なので少人数なのだろうが明らかにその声は言い争っている。
知らない声。気難しそうな声に思い至ったは権力者の討論に巻き込まれたときの記憶だ。
正直私のいないところでやってほしい。毎度毎度気が滅入るどころの話ではない、やめてほしい。
少しずつ酷くなっていく言い争いに、眉を潜めたくなったがそこで自分の意識が浮上しつつあるからその声がハッキリと聞こえるようになったのだと知った。そして聞きなれない言葉に今度こそ眉を潜め、瞳をこじ開けた。
「――!!――――、―――!」
「―――――!−!?――――!!」
ゴロゴロと大小さまざまな瓦礫と一緒に冷たい床に転がっているようだと認識し、そういえばなんだって自分はこんなにボロボロになったんだったかと考えるがどうにも上手く思い出せない。先程までではないが痛みを感じている体のその理由が思い出せない。真上から降ってくる騒音に目玉をそちらに向けるが角度的にも真っ黒い一人分の背中しか見えなかった。体を動かせば見えるのであろうがまだ軋むような感覚の残る肢体を動かしたくはなかったし、きっと転がれば背中に瓦礫を下に敷いてしまって地味に痛い思いをしそうだ。
なんて色々御託を並べてみたがそんなのは些細な問題でしかない。それ以上の問題に直面させられて思わず硬直してしまったのだ。
聞き取れない。
なにを言っているのかが全く持って分からない。もっと分かりやすく言うと、つまり日本語じゃない。怒鳴りあって早口だからかとも思ったがそうではない、日本語にはないイントネーションと抑揚があり、どう聞いても慣れ親しんだそれではない。
よくよく耳を立てればそれが英語であると分かったがそれだけがわかっただけで相変わらず内容の理解には至らない。いかに授業の英語が使えないものであるのかを証明した気分だ。そうやってぼんやりとしているとだんだん食道からなにかが這い上がってくるような気持ち悪さに似た不快感を感じ、背を丸めて大きく息を吸った。
「…ッゲホッゲホ!」
嫌な音だった。
肺に妙な穴が開いているような、食道になにか大きなものが突っかかっているようなその音は大きく、その場に響いた。
痛い。喉に花火でも入れているようなバチバチとした痛み、咳の振動でギスギスと骨が撓り内臓がひきつって破けるように熱い。
ヒュー、と咳の間に漏れる息が何重にも重なって聞こえ不気味だった。もう少し、もう少し横になっていれば大丈夫になる。目を瞑ってそれらをやり過ごそうとゆっくりとした呼吸を試みたが結局また咳込んでしまう。それでもその痛みがたいぶ柔らいできているのを感じられた。痛みを痛みとして感じられるうちはまだましな事を、私は知っている。その時背中からグイッと強く体が引っ張られ、あまりに痛みに意識が遠のいたが危機感によってそれを抑え込んでギッと眼を細めて視界に映るもののすべてを睨みつけた。
「――――?――、――――」
英語だ、黒髪の男に胸倉をつかまれた状態のままさっきよりもだいぶ遅くなった口調のおかげで聞き取れた単語を繋ぎ合わせて更に目付きが悪くなるのが分かった。聞き取れたことに嫌悪さえ感じた。
悪魔か、っていった。
ふざけるなと思って言い返そうと思ったが口を開いてもヒューヒューと空気が漏れるだけで、いつやってみても上手く鳴らない舌打ちをしたくなった。
なにが悪魔だ、そうやって私たちの事を都合よく使って恐れてボロボロにしたのはそっちのくせに。あんなに酷いこと、しておいて、まだそんな風に言うのか。
嫌いだ、そうやって私の大事なものを簡単に傷つけるおまえらなんて大嫌いだ。
本当に悪魔なのはどっちだと、絶叫して訴えたかった。もうずっとそうやってこいつらを罵ってやりたかったけれど、それを一番していけないのも分かっていた。
冷たい床に未だ付いたままの両手を握りしめ、爪が手のひらに食い込む感覚に伴って少しずつ楽になる呼吸と頭痛に心を落ち着つけていく。
喉が使えなくてよかったと思った。自分を落ち着かせる時間が出来た。ここで言い返してもいいことなどなにもない。私が我慢しないでどうする。それでも睨まずにはいられないけれど。
「―――!――――――、―――」
「―――、―――――――」
目の前の男のものよりも少し高い声とそれよりもっと高い声が視界の外から聞こえ、にゅっと自分と男の間、私の胸倉を掴んでいた男の腕を他者の手が下ろせと促すようにつかんだ。一拍置いてチっと大きく舌打ちをして乱暴に床に投げ捨てられる様に解放される。舌打ちの音が鼓膜を揺すってきて苛立ちもほんの少しぶり返したが黙って眼光を鋭くするだけに留めた。捕まれていた部分の服がほんのりと熱を持っていて暖かかったことに、同じ温度をもっているのにどうしてこうも違うと突っぱねられるのだろうと思ってしまう。
痛いと思うことだって、辛いと泣きたくなるのだって、なに一つ違わない、こんなにも同じであるのにどうして私達は迫害に似た扱いを甘んじて受けなくてはならないのか。ゴホリと一つ咳をし、唾を飲み込んでみるとだいぶ痛みが治まったように感じた。
そこで、違和感を覚えた。
その違和感は圧倒的で、なぜいままで感じなかったのか自分を疑うくらいには一度気が付けばもうその感覚に囚われてもう逃れられないようなそんな不安感。
不安感というよりは不足感。文字通り、普段在るものが常に肌身離さずあるものが足りなかった。
ない、私の剣が、ない。
きょろきょろと視線を彷徨わせ、まるで迷子のように不安げな顔になってしまっている自覚があったがぽっかりと開いた不安感が頭を真っ白にしてしまってそれどころではなかった。
降魔剣倶利伽羅。不動明王の右手にもつそれは、竜が巻きつき炎に包まれ貪瞋痴の三毒を破る智恵の利剣で魔を退散させ、人々の煩悩を断ち切るとされる、降魔の剣。私のもつそれは模造品であるというのを知ったのは最近であったが、その剣を括る不動明王の持物である、羂索とよばれる悪を縛り上げ人々を救い上げるための縄には模造の剣よりは確かな力があって、それによって…いや、そんなことはいいんだ、あれは、あの剣は…
投稿日:2017/0428
更新日:2017/0428