魚の内臓
発動させたイノセンスに無意識に刀を握ってしまったのだろう螢は目に見えるほどに落ち込んでしまっていた。なにか言おうと口を開きかけたが音が少し出たと思ったらぱくんと閉じてしまった口はそれか開く兆しを見せない。
こちらまでその空気を纏ってしまったら一緒に落ち込んでしまう未来が見えたので、気にしないふりをして話を進める。
「これは私のイノセンス、ダークブーツといって螢と同じ装備型」
出来るだけ簡単な単語を、と思うのだがどうしても難しい。私もここに急に連れてこられた時は英語がちっともわからなかった筈なのに任務に明け暮れているうちに気が付いたら身についてしまっていたので、当時を思い出して教えようにもそれも出来ない。
「…あくま?」
「そう!AKUMAを壊せるのは、これだけ」
私が指を指した先を素直に追いかける視線にくすぐったいような気持ちを覚える。私より年下なんて、そう言えばアレン君くらいだったかも。年下といってもアレン君は教団に来る前からAKUMAを壊していたというし、教えることなんてホームでの過ごしかたくらいだった。難しそうに眉間に皺を寄せている螢を見ていると、なんだか笑ってしまいそうになってしまって慌てて顔を引き締めた。だめだめ、こんなに真剣なんだから。
「悪魔、とちがう?」
「え?悪魔?」
悪魔、とハッキリと発音した螢にも驚いたがどうしてここで悪魔が出てくるのだろうと首を傾げる。実際にAKUMAを見たことがあればあまりに悍ましい姿にそう例える人もいるけれどあれは機械で兵器で、空想のものとは違う。螢があれを見ていないのにその発言がでたということは、なにかあったんだろうか。そう不思議に思いながらも「違う」という質問に答える。
「AKUMAと悪魔は違うわ、AKUMAは人を殺す機械で、悪魔は……うーん、頭の中だけのもの…伝わってる?」
「……」
ダメみたいだ。瞬きが多くなって眉間の皺が深くなったことで伝わらなかったのだと理解する。どう噛み砕いて伝えればいいものか。
「聖書、の悪魔、ちがう」
「え、ええそう、違うわ」
その言葉に少し納得できたのか、また黙り込んでしまう螢。やはり、螢はどこか変わっている。赤子のように英語が全く分からないという訳でも無い。それでも、子供が知っていてもおかしくない単語は知らないのに、小難しい単語がぽろりとその口から飛び出すことがある。ここに来るまでの列車の中でもそれは多々見られ、「鉄道」や「オペラハウス」は分からず、「聖書」なんて単語は当たり前の様に知っている。日本はそんなにキリシタンが多かったのだろうか。
「たたかう、これ」
「…うん、螢も戦わなきゃだめ」
ぎゅうと、肺が収縮してしまったかのように一瞬息が止まった。そう、そうだ。私に出来るのはせめてこの子か少しでも怖がらない様に、すこしでも怪我をしない様に……ちょっとでも長く生きてもらえるように現状を知ってもらうための手助けくらい。
神田が螢をつれて任務に行っている間も、気が気ではなかった。なにも分からないまま、教団の意に反することをしてしまったら、知らないままAKUMAと戦っていたら、そんなもしもが十分あり得る状態だったから、兄さんに頼んでどうにか今回螢とこの場にいる。
ヴァチカンにはどうか連れていってほしくない。そんなことになってしまったら、なんて想像するだけでも皮膚が粟立ち足元がすくむ。なんにも知らなくて、戦うしか許されないのにホームにすらいられないなんて、もしそうなってしまったら私が絶対に耐えられない。万が一、なんて低い確率ではなく、もっと高い確率でそうなる可能性があるのだから、怖くて堪らないくらいだ。
せめて、手の届く位置にいてくれないと助けてあげることすらできないのだ。選択肢は二つに一つ、ホームかヴァチカンか。ならば迷うことはないのだ。
「大丈夫、一緒にがんばりましょう?」
笑顔で戦場に送り込むなんてと後から恨まれたってなんだっていい。この子があんな薄暗くて苦しい場所に連れていかれるくらいならそれくらいどうってことないのだから。
2020.5.31
投稿日:2020/0531
更新日:2020/0531