魚の内臓


ホテルの部屋はリナリーさんと同じ部屋だった。それを告げられた時なんとなく彼女が申し訳なさそうにしていた気がしたが、何を言っているのかはきちんと聞き取れなかったので定かではない。
まだ鞄を開いてすらいなかったためガチャンと音を立てて金具を外す。これを持たされた時から比べれば中身は少し減った。渡されていた薬を飲みきってしまったのだ。とはいってももう傷もすっかり良くなっていて、包帯ももう取ってしまっていた。リナリーさんは特にリアクションを見せなかったがもしかして“早すぎた”のではと少しヒヤッとはしていた。常人の傷の治りがどれくらいかなんてすっかり忘れてしまったせいで、変に気を使ってしまっているのかもしれないが。とりあえずは尻尾だけは気をつけないと、なんて考えているとリナリーさんに名を呼ばれた。顔を上げれば手招きされてしまい、なんだろうと思いながらベッドの脇から立ち上がる。手招きしていた手で椅子を指されたので示されたままにそこに腰掛ける。正面に座ったリナリーさんが少し慎重な素振りで、ゆっくりと私の腰のあたりを指さした。勝手に体が強張ったのは、その先に倶梨伽羅がぶら下がっているからだ。私の様子に明らかな苦笑を浮かべ、何かを口にした彼女は徐に体を動かす。私たちの間にある丸いローテーブルからそっと左足が視界に映る位置にすべるように移動する。爪先の丸い黒い靴はリナリーさんには少し地味にも見えたが、私が登校するときにはいていたローファーに少し似ていた。


「――――、――」


見ていて。そういった彼女はその後少し低い声で、何かを呟いた。視線の先はずっと彼女自身の足に向いていて、慌てて彼女の視線をなぞって床に目を向ける。途端、光がテーブルの下、正確にはリナリーさんの靴から放たれ一瞬視界が白んだ。ちかちかとする視界の中でそれでも目を反らさず、警戒を体に纏わせて身を護るように倶梨伽羅を硬く握る。そっと収束していく光が、形を取っていく。足首のあたりに集中していきながら、リナリーさんの肌を這うように一部線を引きながら太もものあたりまで上っている。仕上げとばかりに最後にドクリ、と音がしそうな光を残して眩くのをやめたそれは、けれどチリチリと足首から火を噴くように光を流している。


「なに、これ」


茫然としてしまい、思わず声が出た。大層間抜けな顔をしていたのか、リナリーさんが少しだけ笑いながら足元を指さし、「イノセンス」とはっきりと言葉にした。イノセンス、なんだっけと思考を停止しているらしい頭で答えを探そうと必死になるが驚き過ぎてそれどころじゃなかった。悪魔ではない…と思う。なにかを封じ込めているのかとジッと見つめてみるがそれだけではなにも分からない。呪術的なものなのかとも思ったが、自分の知識の中に思い当たるものがない。


「螢」


名を呼ばれ、ハッとするように顔を上げればリナリーさんの眉が困ったように下がっていて、咄嗟に倶梨伽羅から手を離した。そして手放したとたん、自分がなにをしでかしかしたのかを理解する。押し寄せる後悔を吹き飛ばすように、リナリーさんが明るい声で何かを話す。けれど、今明確に傷つけてしまった事を理解してしまって、項垂れるように視線を外してしまった。フラッシュバックのように、咄嗟に手が出てしまって相手に怪我をさせてしまった記憶がよみがえる。小学校の時だったか、乱暴だと言われることの多い兄だったが、兄弟には絶対に手を出してくることはなかった。そんな兄が明らかに年上の生徒に殴られているのを見て、何かを考える前に相手を害していた。自分の行動にびっくりしすぎて、その後どうなったのかは覚えていないが、思考する前に動いていた体に恐怖を覚えたのはしっかりと記憶に残っている。


「ご、」


謝ろうと口を開いて、結局は閉じる。
リナリーさんに謝ってしまったら余計に悲しい顔をさせてしまうような、そんな気がしたからだ。




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投稿日:2020/0531
  更新日:2020/0531