第四のラッパ吹き


 レイルスは半ば考えることを放棄してしまっていた、頭を回せと命令を下しても脳みそがもうやだと悲鳴をあげ始めるほどに展開が早過ぎ、奇天烈なのだ。
 半透明の、絵に描いたようなオバケが壁をすり抜けてきたと思ったら船が揺れ、慌ててブルックが外を確認すると門のようなものが目前に迫っており、船の後方に移動するとどうしてかそこには島が。ブルック曰く、海で拾った流し樽を拾った時から船をマークされ、この海を彷徨う島「スリラーバーク」に迎え入れられてしまったらしい。薄暗くてよく見えないが、それなりに大きい島らしい。彷徨うという表現から、文字通り浮遊しておりある程度舵の効く島ということだろうか。建物も見えるが廃墟同然の見てくれであるし、港らしい港も存在しない。
「ちょっと待って、ログポーズは何も反応してないわ」
「それはそうでしょう、この島は遠いウエストブルーからやってきたのですから!」
 ログポースと言ってナミが腕についた何かを見下ろす。なんだそれとレイルスがジッとナミの腕を見ている間にまた話が進んだらしく、一味が慌ただしく船の前方へのバタバタと移動していく。ジャラジャラと足枷を鳴らして動き回るのもなぁと島を見下ろしていれば、「ヨホホホホ!!」と明るい声でブルックがレイルスの目下、海面をバシャバシャとさせながら走っていった。なんでもありだなマジで、海の上走ってった。どういうことだ。レイルスは1人白目を剥いた。
「おーいイム!お前も探検行くかー?」
 それにしたって霧が濃すぎではなかろうかとレイルスはあらためて島を見渡す。島のどこかで霧を生産させて島に纏わせてると言われても納得できるレベルである。この位置から海面までそこまで距離はないだろうが、その間にも霧は発生しているようで先日夜中に眺めた時よりも濁って見える。ぞわりと鳥肌が立ったのは単に寒気からなのか、レイルスはまたそっと腕をさすった。
「なんだ?さみぃーのか?」
「うお」
 肩口から声がしたと思ったら、何故か一瞬で全身に腕がまとわりついて抱えられていた。腕を大いに伸ばしたルフィがその腕でレイルスの全身を簀巻きにしたのだ。何が起こったのか理解できないまま声すら上げられずに抱えられて船の前方へと運ばれるレイルス。傷口が締め付けられて多少痛むがレイルスとしては驚きでそれどころではない。触れている感覚は人の腕なのにありえない湾曲をしている、マジでどうなっているんだこのびっくり人間は。ルフィは新しい冒険とあのブルックを迎えにいくことで頭がいっぱいで背後に迫るサンジの形相に気がついていない。
「おいクソゴム、言い残すことはあるか」
「寒がってんだからしょーがねーだろ?」
「……そうか」
 器用にルフィの脳天に踵を沈めたサンジにすぐさま救出され、レイルスはホッとするような寒さを感じるような。ビュンビュンともとの長さに戻るルフィの腕を感心しながらまじまじと見てしまったのはいたしかたない。静かに怒り狂うサンジがなかなかに怖かったらしいルフィは大人しく正座をしている。マストの下にある椅子に座らされたレイルスは、流されるままにサンジに渡されたジャケットを肩にかけていた。寒がっているというルフィの言葉にサンジが上着を脱いで渡してくれたのだ。しかし一味の服装を見るにレイルスが寒がりすぎているようだ。上着はありがたいのだが体格が違いすぎるため、肩にかけただけでも膝近くまで覆われてしまう。申し訳ないがありがたく借りよう。諦めて袖を通せば悲しいくらいに腕が出なかった。ムッとレイルスは口をへの字にした。しかし借り物をしわくちゃにするわけにはいかないと袖すら折らないレイルス、ルフィを怒鳴り終えて振り返ったサンジがそれを目にして目を見開いた。
「んグッ……!!」
「本当にオメェは病気だよ」
 サンジが謎の発作に倒れ、ゾロが心底呆れた声で罵倒した。解放されたルフィが騒いでいるのだが、それにしては静かだとレイルスは首を傾げる。先程まで怖がって騒いでいたメンツがいないのだ。不思議に思ってキョロ、と顔を動かしたレイルスの様子を見ていたらしいロビンが「あの三人は小舟を試し乗りしてるわ」と情報をくれた。試し乗りと評するあたり、新しい船なんだろうか。「そうなんだ」とレイルスはひとまず納得したが、その3人でよく乗ったなとも少しだけ呆れた。
「ずっと聞きたかったんだけど、さっきの樽には毒でも入っていたの?」
 隣に腰掛けてきたロビンと、話が聞こえたのかゾロがレイルスに視線を向ける。ゾロとしても嵐の前のあの行動には気になるものがあったので聞いておこうと脚を向ける。
「リチウムって知ってる?」
「毒の名前?」
「なんでテメェは毒にしたがるんだよ物騒だな」
「間違いじゃないっちゃないかな」
 曖昧な答えに眉を寄せたゾロが続きを促すようにどういうことだと低い声で問いかけてくる。なんと言ったらいいものかとレイルスは一度考えてから口を開く。トン、とレイルスは自分の米神を人差し指で突いた。
「まず、リチウムっていうのは金属の名前」
「なんで金属なんて重テェもん樽に……」
「打ち上がった光が赤かったんでしょ、それはリチウムの炎色反応……あー、燃やしたときに赤く光るって言えばいいのかな」
 レイルスはできる限り専門用語を使わないように気をつけようと思うも、何が専門用語か一般的に知られる用語か判断がつかないことにモヤモヤとしていた。一種の職業病である。
「金属の中で一番軽い、燃やせば目立つ赤色の閃光を放つ、加えて人体に害を及ぼすって言えば樽に入ってたのが悪意の塊だったってのは伝わる?」
「ええ、ちなみにどんな害があるの?」
「肺胞や気管支に水が溜まっていく肺水腫になる可能性もあるし、腐食作用が強いから最悪体が腐り落ちる」
 オエ、とゾロが舌を出して気持ち悪いと訴える。気持ちのいい話ではなかろうがそんな顔しなくても。腐食作用まで伝えないほうがよかっただろうかとレイルスは思ったが、頭のいいロビンはそれだけで一つの結論に行き着いた。
「……もしかしてさっきの骸骨さん、それで白骨化したのかしら?」
「だろうね」
 十中八九とレイルスは肯定する。潮風にさらされる程度で人体が簡単に白骨化してたまるか。開けた樽をそのまま船に乗せてしまった。船員は皆死んでしまったと言っていたが、もしかしたらこれが原因で死んだ人もいるのかもしれないと思うとなんとも言えない気持ちが三人の間に落ちる。知っているのと知らないのとではその後の対応は大きく変わるのは仕方ないが、その事実をブルックに今更伝えたところで古傷を抉るだけ。それもあってレイルスは先ほど口をつぐんでいた。
「海に捨てちゃったけど大丈夫かしら」
「海水には2300億トンのリチウムが溶けてる、捨てた直後は流石に近辺の濃度が高いからやばいけど、波に揉まれてすぐに海の一部になるよ」
「とんでもねぇ量だなそりゃ」
 元々軽いリチウムがそこまでの重さになるのだから質量的には確かにとんでもない大きさだろう。それだけ海が大きいということもあるが、レイルスの答えに満足したようにロビンがにっこりと、そりゃもうにっこりと笑った。
「それじゃあ、助けてくれたのね」
 ルフィにまで聞こえるようにハキハキとそんなことをいうものだからまたこの後仲間になれならんの一悶着あった。こんな話の直後にも関わらずロビンは相当強かである。


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投稿日:2022/0103
  更新日:2022/0103