第四のラッパ吹き
どうやらナミ、チョッパー、ウソップの三人に何かあったらしい。悲鳴が上がったと思ったらそれきりなんの音沙汰もないため迎えに行こうと船の上が慌ただしくなる。しかし行動を起こす前に船の上でおかしなことが立て続けに起こり始める。錨が勝手に降りる、甲板のハッチが勝手に開く。誰も触っておらず近づいてもいないのに起こったポルターガイストもどきに一味もレイルスも目を剥いた。
「あえ、アヘ?」
「ルフィ!テメェ何やってんだ!こんな時にふざけやがって」
突然ルフィの頬が左右に伸びる。ふざけているようにしか見えない形相にサンジが怒鳴りつけるも、怒鳴られた側のルフィも困惑したように汗をかいている。かと思えば突然ゾロの刀が飛び出し、ルフィに向かって独りでに切りかかるように襲いかかった。
「やいテメェ!どういうつもりだ!?」
「いや……悪い、刀が勝手に」
咄嗟にルフィを蹴飛ばして刀から守ったフランキーがゾロに反射のように言うも、やはりというかゾロも困惑し「勝手に」と続けた。少し離れた位置から見ていたレイルスから見てもゾロの刀は勝手に浮いたように見えた。猛獣の声が聞こえたというロビンに、見えない何者かがこの船にいるのではという緊張感が走る。
「とにかくナミさん達が心配だ、船はお前らに任せたぞ……俺は島に三人を助けに行ってく……!?」
一味もそれもそうだ、と見送る姿勢でいたのだが、飛び出したサンジが空中で何かに引っかかったように動きが不自然に止まり、そのまま船の側面に張り付くように派手にぶつかった。「ほげー!?」なんて声を出してしまったせいで男三人は「カッコわる!」と声を上げた。釣られるように船に戻されたサンジは自分でも自覚があったのか顔がやや赤い。
「目的が見えねぇな、殺す気ならいくらでも攻撃できるはずだ」
ゾロのその言葉にレイルスは確かに、と目を細める。だとすれば殺すつもりがないのか、殺すほどの力がないのか……はたまた殺せない理由があるのか。一瞬沈みかけたレイルスの思考が、ロビンの短い悲鳴で浮き上がる。
「何かに、捕まって……!?」
ロビンから手が生えて、何かを押さえるようにその手で壁を作っている。初めて見たその力にも驚いたが、顔を青くして嫌悪の表情を浮かべているロビンにレイルスの腰が反射のように浮いた。脚の痛みでふらついたために助けに入ることは間に合わなかったが、先に助けに入ったサンジが何かに躓いて転んだと同時にロビンも解放されたようだった。花びらが散るように脇腹や肩から生えていた腕が消えるのを見てレイルスも肩の力を抜いた。しかし、気を抜いてしまったレイルスを嘲笑うかのようにレイルスの耳に何かが唸るような獣の低い声が届く。
「……!?」
声を出す暇もなく、口を何かに覆われてしまう。腕を振り上げようとするが何かに当たったかと思えば締め付けられるような痛みが上半身を襲う。まだ傷のある腕のちょうどその場所がじわりと濡れたような気がしてレイルスは痛みに顔を顰めた。身をよじろうとするもさらに強い力で抑え込まれてしまいレイルスは息を飲んだ。万力のような力に、生ぬるい温度、生き物の息遣い。透明な何かがそこにいる。そう思えば頬には指のような触覚を感じるし抑え付けられている部分や触れている感覚から、それなりに体格がいい人型であることもわかった。そんな風に考えていたことが悪かったのだろうか、突然右肩に痛みが走る。
「グッ……!」
あまりの痛みに呻くような声を出したレイルスが、暴れるようにして体を動かした。渾身の力で暴れたからか、一瞬緩みが生まれた瞬間にレイルスは足を振り上げてなにかを蹴りあげようとする。しかし空振り、結果として己の座っている場所に鎖がぶつかった。ガシャ、と耳障りな音が鳴ったときにやっと異変に気がついたゾロが「おい!?」と駆け寄ってくる。途端にぷは、と息を吐き出したレイルスは自分が解放されたと同時に周りに目を走らせた。しかし物音すら立てずに何者かの存在は無くなっている。ゾロも何もない空間を警戒しながら距離を詰め、結局なんの気配も感じられないままレイルスの元までたどり着いた。
「あ〜開いたクッソ……」
「いや開いたどころじゃねぇだろ……」
レイルスの肩にはポツポツと穴が空いていた。サンジに借りたスーツの上からまるで噛まれたかのようなその後にゾロの顔が盛大に歪む。出血もひどいようで、袖口からは血が雫となって甲板を汚し始めていた。
「とりあえず脱げそれ」
呼吸を荒くして項垂れるように体を折っているレイルスの体を押し出すようにして起こせば、ギラギラとした目が陰険に歪んでいた。好き勝手されたレイルスとしては腹が立つもので、対応できなかったことにも、碌な情報が掴めなかったこともその苛立ちに拍車をかけた。おまけにまた怪我を増やしてしまったし、借り物の服も汚された。上着もそうだが、中に来ている服もナミのものだったのだ。ギラギラととんでもない眼光を見てしまったゾロは少しだけ顔を顰めた。手負いの女がするには随分と荒々しいものだったのだ。
なんとか脱ごうとしているも、痛みのせいかうまく袖から手を抜けないレイルスを見かねてゾロが手を貸す。露わになった右肩はスーツと同じく穴が見て取れる。猛獣の噛み痕と言っても差し支えない歯の羅列。ただでさえ傷だらけの女に容赦のないそれにゾロは顔を顰めた。本当に相手は獣なのかもしれない。
「噛まれたの?」
気がついたロビンがギョッとした声をあげて駆け寄る。大丈夫というようにヘラリと笑うレイルスだがその顔色は青白い。その声に振り返ったサンジとフランキーも血を流すレイルスを慌てた様子で顔を驚きに染める。ルフィだけが一度固まり静かに俯いた。口がへの字に下がっている。
「ひどい……サンジ、医務室から包帯を持ってきてもらってもいい?」
「わ、わかった!」
「俺は水やら持ってくるぜ」
「ああいやそこまで……」
「毒があったらどうするの」
ピシャリとレイルスの言葉を遮ったロビンは顔を険しくさせて叱りつける。ゾロは随分入れ込んでいるなと眉を顰めたが、無理はないのかと思い直す。エニエス・ロビーでの詳細を聞いたわけではないが、軽く聞いた話では庇われたと話していた。周りは敵だらけ、一味を守るために単身死ぬつもりで向かった先で、傷だらけなのにも関わらず庇われたとなれば情が移ってもおかしくない。それにレイルスとしばらく過ごしただけでもわかるが、考えや言動にしっかりとした芯を持っているのをゾロは感じ取っていた。夜に抜け出して何をしているかと思えば海を見ていただなんて答えられたのを思い出したゾロは後頭部をガリガリとかく。その後にした問答も嘘もなく、素直に答えられていたのをゾロは理解していた。レイルス自身も身の振り方を弁えている。変に媚びを売らず、取り入ろうとする気配もない。毒にも薬にもならない立ち振る舞いをレイルスがわかってしていることを知ってからゾロも多少は警戒を解いていた。
「多分2メートル近い大男……顔はどうかわからないけど間違いなく肉食動物の歯が生えてる……ほら犬歯のところだけ傷が」
「嬢ちゃん大人しくできねーのか!?」
肩の傷に触れながら考察を語るレイルスに水を持ってきたフランキーが突っ込む。傷口に指でも突っ込みそうなほど遠慮のない触れ方にロビンが傷口を押さえる手とは反対の手でその手を拘束して消毒を進める。ゾロはこいつは馬鹿なのかもしれないと自分のことを棚にあげて思った。普段怪我が治る前にトレーニングを制御せずに行ってチョッパーに大目玉を食らっていることをゾロは都合よく忘れている。
「イム」
「爪は人間とそんなに変わらなかったと思う、手のひらも普通だったし」
「おいイム!」
ロビンが能力を駆使して包帯を撒き始めた時にルフィが肩を怒らせて声を張った。横で静かにタバコを吹かしていたサンジは、ルフィが何に苛立っているのか手にとるようにわかった。実際、サンジ自身も胃が沸騰しているかのような胸糞悪さを押し込めようと奮闘していた。
「やられてんじゃねー!」
「いやそうじゃねぇだろ」
サンジは突っ込んだ。何せルフィである、手にとるようになんてわかる訳がなかった。ちょっとだけ自分のモノローグを恥ずかしく思ってサンジはすぐに口を閉じる。ルフィの話の順序はめちゃくちゃで言葉選びも下手くそだ。言いたいことが分からなくはないが、やられるな、という言い回しは違うだろうとフィルターを噛む。なぜその発言になるんだ。まだギャンギャンとレイルスに怒鳴るルフィを押しのけて、サンジはレイルスの前にしゃがみ込んだ。
「イムちゃん、なんだってこんな怪我するまで声を上げなかったんだ?」
口を押さえられていたとはいえ、唸り声なりなんなり上げようと思えばあげられた。それをしなかったのはレイルスの意思があったのだと、サンジとルフィは見抜いていた。要は、頼られなかった己に腹が立ってるのだ。ルフィのそれは完全に八つ当たりになっているが、根本の部分はサンジもルフィも同じ苛立ちを覚えていた。
「……なんとかなると思って」
サンジやルフィの纏う雰囲気から、口を押さえられていたからなんて言い訳をすることはしなかったレイルスであったが、子供のようにブスッと不貞腐れたような声で答えた。ゾロはそれを聞いて大人しくしてられないタイプの女か、と見事レイルスの性格の一端を見抜いた。ロビンは、これまで達観したように歳不相応な態度でいたレイルスがそんな言動をとったことに少し驚きながらも、どこか微笑ましく思えてしまってきゅんと心の奥で音を鳴らした。場違いである。
「なってねーじゃねえか!呼べよすぐ!」
「……善処する」
「……ロビン!」
「できる限りそうするって意味よ」
「できる限りじゃねえ絶対よべ!」
サラッとロビンを辞書扱いしたルフィにあっけに取られる間も無く、無茶苦茶なことを言われたレイルスはたじろいでしまう。絶対なんて無理があるし、何よりレイルス自身そこまで彼らに頼る気持ちがないのである。ちなみにレイルスのいう善処の意味合いとしては検討させてもらうの意訳であるので、どちらかといえばお断りの言葉であった。できる限り誠実でいたいと思っているのだから、嘘はつきたくない。湾曲した言い回しで誤魔化されもしてくれないようなのでレイルスは困ってしまった。
「……頑張る」
「おう、ならいい!」
ひねってひねって出した言葉はルフィのお気に召したらしい。善処と対して変わらないにも関わらずすんなりと首を縦に振った。しかし言わされたレイルスからすれば、このやり取りのせいでそうせざるを得ないような気にさせられているので、勝敗をつけるとすれば完全にルフィの勝ちであった。
投稿日:2022/0103
更新日:2022/0103