揺るぎない支配者
ベポをベッドにして珍しくぐっすり寝入ったレイルスは遠慮がちに揺さぶられてハッと目を覚ました。「わりぃな寝てたのに」
「いや……なに?」
すっかり眉を下げて謝罪してきたペンギンを見上げながら、レイルスは妙な騒がしさに眉を顰める。警鐘だろう、遠くで高い音が響き続けている。シャチに小突かれてのっそりと起き上がったベポの腹をするりと滑って着地し、レイルスは寝起きの頭を稼働させるべく眉間を指先で揉んだ。
「何かが起きたのは確実なんだが……ミンクが挙って移動しててよ、麦わらたちもだ」
「キャプテンなにも聞いてないんすか?」
「あいつらにそんな期待をするな」
報告など二の次三の次だ、飛び出しては事後報告など当たり前の連中を思い出しローは寝起きの気怠い空気のまま不機嫌に喉を鳴らした。パンクハザードからいったいどれだけ苦労したか、あれこれ想起してしまったローは八つ当たりのようにレイルスへ目を向ける。
「おい鉱屋、思い当たる節は」
寝違えたのか、首をしきりにひねっているレイルス。一拍動作を辞めて目を伏せたレイルスを全員がジッと見つめていたが、なんとレイルスはそのままグーと寝息を立ててあっさり意識を飛ばした。
「寝んのかよ!」
「お前寝れんのかよ!」
「すんません!!」
突然シャチとペンギンの怒鳴り声を至近距離で浴びてしまったベポはギョッとして頭を下げる。うとうとしていたため自身に向けられたのかと思ったのだ。丁度眠りが深いタイミングだったのだろうと理解はしたが、言葉を無視される形になったローはレイルスの頭を鬼哭で叩いて眠りから引っ張り上げる。一瞬ハッと目は見開くものの、すぐにとろんと瞼が落ちる様子を見て、ローは諦めて舌打ちをした。眠れるときに眠らせた方がいいという医者の判断からも無理をさせるべきではないという結論に至ったのだ。なんだかんだローは患者に甘いところがある。すぴすぴと眠り続けるレイルスを揺らさないようにして身を起こしたベポはそんなローの背中にへにゃりと笑った。
「しょうがねぇ、ベポこいつを運べ。とりあえず騒ぎの中心へ向かうぞ」
「アイアイ!」
レイルスの意識が完全に覚醒したのはミンク族が喜びの声を上げた時だった。イヌアラシとネコマムシが一時休戦とし、互いに手を取り合ったその光景をぼんやりと眺めながら、おやと首を傾げる。
「あ、レイルス起きた?」
「うん……」
「なんかね、雷ぞう本当にこの国にいたんだって!俺ミンク族のこともっと好きになっちゃった!」
「うん……?」
嬉しさに身体を上下し始めたベポに揺さぶられるままレイルスはパチパチと瞼を上下させた。重要な部分ではあるが圧倒的に足りていない情報にレイルスはなかなか理解が及ばない。ベポに背負われてクラウ都にいることだけは目視で確認したがそれ以上はなにもわからなかったためベポに礼を告げてゾウの背中に降ろしてもらう。ベポの足りない言葉を聞いていたのだろう、ため息をついたローが経緯を口にし始めた。
「ミンクとワノ国は昔から交流があり、雷ぞうを匿っていた。猫と犬、侍たちはあのガキの家臣だそうだ」
「……」
多すぎる情報に流石のレイルスもすぐには納得できず咀嚼するように閉口する。しかし暫くしてある程度落とし込めたのだろう、悪いことは一つもなかったと理解したレイルスは「そっか」と短く口にした。
「おーいトラ男!レイルス!忍者に会わせてくれるってよ!」
「今行く」
いつになくレスポンスの早かったローが、クルーの「ずるい俺も連れてって」攻撃が来る前にレイルスの腕をひっつかんで麦わらの一味の元へと足を進めた。
モコモ公国の中でも一際目を引く異形の巨大樹。白クジラの形をしたその木に登るためにはこれまた巨大な蔓の足場を進んでいくのだという。なにやら体調がすぐれないらしいモモの助は顔色が悪いまま錦えもんに背負われているが、皆一様に雷ぞうに会えるのを心待ちにしているのか揚々としている。
くじらね、とレイルスは時折その表面に指先で触れながらぽつりと零す。声を拾ったブルックが「どうしました?」と首を傾げた。
「有名な神話があったなって思い出しただけ」
「レイルスさんったら知見がひろい、私びっくりです」
錬金術と神話は相いれないように見えてその実深くつながっていたりする。文字や記号が表す言葉のルーツをたどった時、神話が元となることが多くあるからだ。その意味や成り立ち、物語を知っているか知らないかで錬成陣のクオリティは大きく左右されることがままある。必要だから知っているだけで、無神論者であるレイルスは無感動なまま知識を口にした。
「海を飛ぶその巨体は、まるで翼のないドラゴンが如く優雅であった。嵐に身体を沈めた乙女は、その尾の指し示す方向へといざなわれ命を拾うこととなろう――」
「……初めてお聞きしました、詩的ですねぇ」
「どこが?」
「海を飛ぶなんて!なぁーんて素敵なんでしょ!魚人島から新世界に上がってきたときのこと思い出しちゃいました!」
そうかなとレイルスは理解できないというように口をへの字にひん曲げた。嵐を鎮めるためにと生贄をして海に放り投げられた少女が、神の使いに気まぐれに救われる話。少女はその後嵐の海から生還した奇跡を称えられ、崇められ人としての生活を放棄せざるを得なくなる。神の怒りだと思い込んで嵐の海に人ひとり投げ捨てられ。神の気まぐれによって助けられて。そのくじらの尾が指した先が救いだったのかと言われればレイルスは首を傾げてしまう。確かに命は助かっただろう、けれどそのあと少女の人生がどうなったのかは押して図るべき。本当に助けるつもりがあったのであれば嵐を止めてやれよとレイルスは思ってしまうし、せめて別の島にでも運んでやればよかったものをと考えてしまう。神話における神はどちらかというと人間じみた感情の起伏が大きく示されている。たしかこの話の神の気まぐれの理由も、嵐に投げ捨てられた少女の見目が良かったからだ。
「そしたらこのくじらさんの尻尾も、どこか救いの地を指しているのかもしれませんね」
ブルックの楽し気な声にレイルスの意識が浮上する。鼻歌まで奏でて上機嫌にスキップをするブルックを見て、レイルスは考え方の違いだなぁとつい自嘲を浮かべた。
投稿日:2026/0920
更新日:2026/0920