揺るぎない支配者
海賊とミンクが入り乱れての宴会はにゃんにゃにゃんにゃと大はしゃぎするネコマムシを中心にそれはもう盛り上がっていた。船長とは違ってなれ合い上等と言わんばかりに積極的に麦わらの一味と酒を酌み交わそうとするハートのクルーを横目に、レイルスは宴会の端にてぼんやりと座り込んでいた。くじらの森の守人であるガーディアンズの居住区は中央に位置するクラウ都とも、自警団以外の住人の避難地区となっている砦ともまったく様相が異なる。それぞれが違う文化によって発展したようにも見えるほどに建築物が様変わりする。水浴びによる衝撃と流水による劣化を防ぐためだろう、クラウ都は専ら石造りであったがくじらの森は周囲の環境に溶け込むかのような木造建築。キャンプファイヤーの明かりに照らされるそれらに、戦闘の痕跡は見られない。あれだけの水が頻繁にながれる影響からか、森の中に道らしいものがなかったことが幸いしてジャックの一行の間の手から逃れたためだ。ジャックの残党が捜索を続けて居れば見つかるのも時間の問題だっただろう、そういった点も含めて麦わらの一味の到着はミンク族にとっては大きな助けとなったのだ。「おいおいレイルス、なんだってこんな端っこにいるんだよ〜」
「そうだぞレイルス〜」
ウソップとシャチが肩を組みにっこにこに笑いながらレイルスの近くへと寄る。ウソップは器用にも片手で三つのジョッキを抱えており、やや乱雑な造作でレイルスの前に置いた。ジョッキになみなみと注がれていた酒が少量溢れて零れ、その上にシャチが大皿に盛った料理を「よいせ」とおく。どうやら意気投合したらしい二人はレイルスの両脇を固めるように左右に分かれて座り込んだ。互いの船の話からレイルスの話題になり、「あいつやっぱ変なところで常識ないよな」という結論にいたり仲良くなったのだがそんなことを知らないレイルスは妙に機嫌のいい二人に首を傾げるだけだった。
「あ!そうだこれ!ロビンに聞いてなかったら最後になるところだったぜ」
「なんだそれ?」
「レイルスがシャボンディで無断で船から降りようとしたときに餞別で置いていったらしいブツだ!」
「ぎゃはは!お前麦わらからも無断で逃げようとしたのかよ!」
地面に転がってゲラゲラと笑うシャチを睨みつつ、レイルスはウソップの手にする箱に目を向ける。レイルス自身は箱に入れた記憶はないため、どうやらナミ同様にウソップが用意したものらしい。白い木材の角はきれいに鑢で落とされており、ご丁寧にニスまで塗られている。「ほい!」と箱をレイルスへ押し付けたウソップはワクワクとした顔で待ち始めた。サニー号にて荷物を纏めているときに思い出し、しっかりとカバンの奥に詰め込んでいたのだ。むっと下唇を尖らせたレイルスはやや呆れた顔を作った後に諦めてその箱を手に取る。指先にふれた凹凸に気が付いて目を落とせば、「ORENO」という文字の横に鼻の長い男のシルエットが掘られていてレイルスは今度こそ苦笑した。わかるにはわかるが、なぜ記名よりも手間のかかる方法をとったのだろう。
箱をあけるとレイルスが当時作った袋、その中に入れられているものを持ち上げて片手で器用に取り出した。
「単眼鏡」
革の持ち手に黄金の筒。革部分の下部にスイッチがありレイルスがそこをぐっと押し込むとジャキっと音を立てて筒の中から三段ほど、金の筒が伸びた。
「お、お〜!!」
目をキラキラとさせてレイルスの手から単眼鏡を持ち上げたウソップは恐る恐るもう一度スイッチを押す。するとまた音を立ててコンパクトな形に戻った単眼鏡に横で見ていたシャチも「すげー!」と騒ぎ出す。普段ウソップが使用しているゴーグルタイプのものよりは倍率は高いはずなので用途によって使い分けられればと補足したレイルスは、説明中にも単眼鏡を覗き込んでは騒ぐウソップに口を閉じた。喜んでもらったようで何より。胡坐をかいて膝の上に肘を乗せたレイルスは当時ウソップとルフィによって木っ端微塵に破壊された壺がなければ全員になどものを残さなかっただろうなと思案する。ちなみにその時の借金は未だウソップとルフィに残っているうえ日々増えている。
「大事に使わせてもらうぜ!ありがとうな!」
「はーい」
「あ、でも仲間にはなれよ!」
「いやいやうちのキャプテンが先に超すね!こちとらノースの海賊だぞ」
ウソップからレイルスが船に乗る条件を麦わらとハートで擦り合わせたことを先ほどきいたシャチは自信満々に鼻を鳴らす。ルフィの方は出航の回数の制限があるようだがローは特段制約を設けていない以上ハートの海賊団が有利であることは間違いない。やんややんやと騒ぎ始めた2人を横目にレイルスは皿に盛られていたリンゴを摘まんでしゃくりと歯を差し込んだ。みずみずしくも甘い果汁が口いっぱいに広がる。ゾウで育った果実はトンタッタが育てたのかと思うほどに大抵のものが巨大だ。
「いやあ、こんな感じだけど俺ら全員お前等には本当に感謝してんだ」
シャチがふぅと息をついて、嫌に静かな声でつぶやく。宴の端で零された音は、共にいたウソップとレイルスの耳にしっかりと届く。
「わかってたんだよ、あのキャプテンのことだ……どうせ死ぬつもりだったんだろ」
静かで低い声は落ち着いたものではあったものの、シャチの激情を押し込めて発せられたものだったのだろう。表情は複雑で視線が地面に落ちていた。サングラスの奥の鋭い眼光が力なく細められている。レイルスは嫌そうに顔をしかめてから、食べかけのリンゴを前触れなくシャチの口へぐいと突っ込んだ。驚いたシャチは「おぁ!?」と情けない声を上げ、ウソップもつられて驚いて地面から三センチ程浮き上がった。
「ローのあれはあんたらが甘やかしたからこその結果でしょうよ」
口をもごもごとさせてリンゴを咀嚼するシャチはきれいに首を傾げた。
「どうせ口八丁でローに言いくるめられて置いていかれて『あげた』んでしょ、我儘船長のご希望に沿って。それが悪いとも言わないし外野が口を出す問題でもないけど、シャチがそうやってぶすくれるくらいには面白くなかったんなら今後がないようにすればいいだけじゃない?」
ごくんとシャチの喉が上下する。甘ったるいだけではない、酸味がシャチの脳を鮮明にする。ウソップはレイルスの言葉からシャチがなにを落ち込んでいるのか思い至り、自分に置き換えてグッと口角を下げた。自分が弱いことは分かっているがだからと言ってあからさまに戦いから遠ざけられたとしたら、遠くの島へ逃がされたら。想像だけでも悶々とするものがあり自然と気分が落ち込んだ。
「今後……」
「甘やかしすぎだったんでしょ、ちゃんと叱ってやんなよ『お兄さん』」
悪戯っ子のように不敵な顔で笑うレイルスの顔にシャチは思わず固まった。暫し動きを止めてやっと動き出したと思ったら胸元を握り締めて唸るようにぼやく。
「惚れるかと思った……」
「チョロすぎだろ」
思わず突っ込んだウソップはきゃーと両手で頬を覆うシャチに酒を勧めてやった、飲んで忘れた方がいいという無言の助言である。万が一惚れてしまったら痛い目を見るワーストスリーだぞこいつは。ちなみに全員麦わらの一味の女性陣のことをランクインさせているため、ばれたらウソップは泣きを見ることとなる。
一気に酔いが回ったのか、もともと回っていたものがさらに悪化したのかシャチはべろべろになってしまいクリオネに回収されていった。
「そういえばさっきビックニュースがどうの言ってなかった?」
「あ!そうだ!サンジの実家!!」
レイルスへ伝えねばと思っていたとんでもない情報。ビックマム海賊団のぺコムズの口から出た驚きの事実に、レイルスは大きくかかわっていた。
「ベビー5が言ってたジェルマってのがサンジの実家だったんだよ」
「ブッ」
間の悪いことに飲み物を口へと運んでいたレイルスは横を向いてそれを噴き出した。口の端から垂れるアルコールを肘でグッと拭い、疑うような目でウソップを睨む。それくらいには信じがたい話だったのだ。
「マジで言ってる?」
「マジだっての!サンジを連れに来た奴がジェルマ66がサンジの家で、人殺しの一族だのなんだの言ってたんだとよ!」
ジョッキを置いたレイルスは難しい顔で口元を手で覆う。サンジが仲間になった経緯は二年前にウソップからブルックと共に聞かされている。イーストブルーにあるバラティエという会場レストランに務めていたサンジをルフィがコックとしてスカウトする形だったらしい。戦争屋と知られる海遊国家。元はノースの国と言えど、現在位置はグランドラインだろうとベビー5が零していたことから過去にイーストにいたとしてもおかしくはない。どういった経緯や過去がありサンジがジェルマから離れたのかは不明だが、サンジの性格から考えても戦争屋などと揶揄される家業に嫌気がさしたとしても不思議ではない。仮にナミが言っていたように脅迫が絡んでいるのだとすれば問題はかなり複雑だ。
「人質……」
レイルスも過去、弟二人を盾に多くのことを強要されていた。レイルスが国家錬金術師の道を選ばなければおそらくはそうはならなかっただろうが、幼く力のなかったレイルスには喉から手が出るほどに国が保有する研究書や財力は悲願のために必須に思えたのだ。更にはレイルスが国の中枢――魔窟へ飛び込んだがゆえにホーエンハイムに子供がいることが露見し、弟達を危険にさらした。結局その弟達にも茨の道を辿らせてしまったのだから笑えもしない。
「なんだ?」
ウソップの声に我に返るように思考の渦から引き揚げられたレイルスは鈍いながらも頷いて考えを口にしていく。
「例えばサンジの実家とやらに、サンジと親しい家族がいたとして。『お前が来なければ代わりにそいつを殺すぞ』なんて言われたら行かざるを得ないし、これから先もずっと枷にされる」
「……あいつ優しいもんなぁ、ありそうだ」
「サンジがいつ家出をしたのか知らないけど、幼少期に人殺しの一族なんて呼ばれるような家族といたのならその怖さとか……事実以上に強大なものとして捉えてるかもしれない」
「もっと簡単に」
「……幼少期のトラウマは本人が思う以上に大きいし、いまだに知らぬ間に恐怖しててもおかしくないってこと」
なるほどなとウソップは頷く。ウソップも幼いころに故郷であるシロップ村にて家畜に追い回されて暫くの間四足歩行の動物が怖かった時期がある。うっかり牛の背中に乗り上げて案外平気だったために以降は全く問題なかったが、もしその機会がなければいまだに怖かったかもしれないと思うほどには鮮明に記憶に残っていた。おまけに今回はビックマムまで背後にいる。恐怖は一入だろう、ウソップがもしサンジの立場で脅されていたとしたら白目を剥いて失神していた。人の立場になって最悪の想定をできるウソップはあわあわと顔色を悪くして震えた。
「レイルス行くなよあぶねーよ!サンジの家族だからって言っても戦争屋なんて呼ばれてんだからおっかねぇに決まってる!きっと全員眉毛ぐるっぐるだ!!」
「眉毛ぐるぐるは恐怖するべきところなの?」
投稿日:2026/0726
更新日:2026/0726