本能のカウント

 手錠で繋がれている水瀬の腕が擦れて赤く変色している。自宅が荒れていたと聞いた時点で予想ができるものだったが水瀬は所々負傷していた。頬が赤く腫れている、パンツスーツに男物の靴のあとも残っている。確認のため首元で脈を取れば指先に違和感、髪を捲れば火傷の跡。何度もスタンガンを押し付けられたのだろう、広い範囲に火傷の跡が見られた。気を失っているだけだが、満身創痍もいいところ。どうにか脱出しようとしたのだろう、そうでなければ手首にここまで傷はつかない。そしてその度にスタンガンで気絶させられたのだろうか。それにしては火傷のあとが多く広範囲だと松田は顔をしかめる。する、と人差し指でなぞった頸に水膨れの痕を見つけた松田はジャケットを脱いで水瀬にかけ、なんとなしにポンと頭を撫でた。松田の大きな手に、水瀬の形のいい小さな頭がポスリと収まる。
 ゴンドラを揺らさないよう、慎重に捜索し座席下に爆弾を見つける。見つかったものはこのゴンドラ一つをちょうど吹き飛ばす程度の大きさのものが一つのみ。それ以外に爆弾は見つからないことから、乗り込んだ警察と水瀬を殺すためのものだろうと推察できた。工具を広げ、黙々と解体を進めていく。まだ爆処から移動して一週間、腕が鈍るはずもない。やはりというか水銀レバーの取り付けられていた爆弾、そして松田の読み通り時限式のそれは処理班を待ってもう一周このゴンドラを見送っていれば間に合わない時間を示していた。当時も萩原の解体していた方にはこれがついていたと報告されていた。松田のスマホが着信音を鳴らす。爆弾の制限時間と残りの手数を考慮してスマホを確認した松田は、怒鳴り声を予想して耳を離して応答した。
『何してんのお前!?ば、馬鹿だろ!?』
 混乱すると吃る癖。随分久しぶりに聞いたなと笑いそうになりながら松田はおうと答えた。
「そういや聞いたが、お前らが護衛し損ねたやつも乗ってるぞ」
『聞いたよ!聞いたっての!なんで水瀬ちゃん救出してお前も降りなかった』
「最後にお前が解体した爆弾にもついてたろ」
 水銀レバー。言葉に出さずとも言いたいことがわかった萩原は沈黙する。そうなればゴンドラを揺らすことはできない。ゴンドラを停止させることもできず、水瀬を下すために手錠をどうにかする時間を考慮しても避難は難しかった。そこまで理解した萩原は、だがと歯を食いしばった。そしてその時だ、観覧車の制御室が爆発したのは。観覧車が松田と水瀬だけを乗せほとんど天辺で停止する。おっと、なんて暢気な松田の声が電話口から聞こえる。萩原は絶望しそうになった。見上げた先のゴンドラが、ゆらゆらと左右に揺れている。ギィギィという不協和音が、大観覧車に吊るされたドンゴラひとつひとつから発せられていた。
『す、水銀レバーは』
「今ので作動した、あと一度でも揺れたらアウトだ。できれば他の爆弾がないかそっちで確認……」
『陣平ちゃん?』
「…………」
『なぁ、なんで黙ってんの?解体は?お前ならもう終わるよな?』
 爆弾に設置されていた液晶パネルには最初から違和感があった。おそらく、水銀レバーが一度作動すると連鎖的にパネルに文字が表示される作りだったのだろう。こんなことでは終わらないだろうとうっすらと感じていた松田の嫌な予感が的中した瞬間だった。
「もう一つ、どでかい爆弾がどこかに仕掛けられてる、ヒントは爆破3秒前」
 萩原の息を飲む音が聞こえる。前回とは真逆だ、爆弾の前で軽装備で爆弾を解体していた萩原にマンションの下で解体報告を待っていた松田。そしてフロアごと吹き飛んだ突然の爆発。民間人とともに降りるといって通話をしていた松田は突然の爆音と目の前の光景に頭が真っ白になったのを今でも鮮明に記憶していた。
『……残り時間は』
「8分、一旦切るぞ」
 爆弾解体の手をとめ、ため息を吐き出す。そして横でぐったりとしている水瀬をどうしようかと松田は思案した。起こすべきだろうか、それともこのまま死なせてやるべきだろうか。水瀬がここにいるのは刑事部の失態だ、狙われる可能性があったのをわかっていて警護もしていたのにそこをまんまと拉致され、挙句このザマ。水瀬も警察官とは言え、本件については被害者でもあった。手の届く場所にいたにも関わらずこんな目に遭わせてしまい、心中に付き合えとは随分な話だ。残り数分の命、水瀬と二度しか話したことのない松田でも取り乱し暴れることはないだろう水瀬の人間性から考慮し工具を使って手錠を外してやる。だらんと落ちそうになる水瀬の腕を支えてやりながら、松田は顔を覗き込むようにして声をかけた。
「おい、起きろ」
 服の汚れていない部分は怪我がないだろうと推測し、肩を叩く。先ほどの揺れと爆音で多少意識は浮上していた水瀬の瞼が震えて持ち上がる。ぼんやりとした水瀬の瞳が松田を捉え焦点を結んだ。
「……あれ」
「おう、状況は最悪だが話せるか」
「…………だい、じょうぶです」
 現在の状況を淡々と話す松田、話を遮ることもなく目を逸らすこともしない水瀬は元からこうなる可能性は十分考えていたのだろう。ため息を一つついただけで、チラ、と爆弾を見て松田によって自身にかけられていたジャケットに目を落とした。
「これ、ありがとうございます」
「よかったら着とけ」
 暴行されましたと言わんばかりの水瀬の格好に松田は顎で促した。ゴンドラを揺らすのが怖いと呟いた水瀬は結局動くことなく、じっと爆弾を見つめている。水瀬も事情聴取時に、よくよく当時の爆弾のことは聞かされていた。少しの振動でも与えられなかったため、すぐに救出できなかったと萩原に謝罪をされていたために今回もその可能性があると理解したのだ。
「散々聞かれたろうが、犯人に思い当たるやつはいないのか」
「……昨日、襲ってきたのは……180近い男、目出し帽をかぶっていて顔は、分かりませんでした」
「他は?」
「眼鏡をかけていて……右手に警棒のようなものを持って……馬鹿にするなと言いながら」
 そこで、水瀬は言葉を切る。
「Domでした」
「確かか」
「Glareをずっとぶつけられて、コマンドもずっと」
 報告を聞いた松田は萩原に連絡を入れようとスマホを手に取る。爆破の3秒前のヒントのためにもう一台持っているガラケーは腰付近においた。時間はあと5分を切っている。スマホを操作している間に、かけようとしていた相手から連絡が入ったため松田は画面に指先を滑らせた。
『陣平ちゃん、解体して』
 萩原の切羽詰まった声に松田は少し笑う。
「そんな話するために電話出たんじゃねぇよ、犯人についてだが」
『解体しろ、もう一箇所が判明して今爆処を密かに動かしてる』
「……は?」
 信じ難い話に眉を寄せる。しかし、萩原がこんなことで嘘をつかないことを松田が一番よく知っていた。
『昨日ちょっとお願いしてた……同期の桜からタレコミで情報入った。米花中央病院で不審物を持った男が出入りして、その不審物の写った監視カメラの映像もこっちでリアルタイムで警戒できてる』
 は、と松田の息が詰まった。萩原の祈るような声が松田の耳を揺らした。
『陣平、今すぐバラせ』

 - return - 

投稿日:2022/0621
  更新日:2022/0621