本能のカウント
警視庁の仮眠室から欠伸をこぼしながら出た瞬間、松田の勘がひどい警鐘を鳴らしていた。まず特殊犯の面々がほとんど出払っている、今日が犯行予告日だというのにあり得ないことだ。加えてその特殊犯の第一が慌ただしくしている。萩原の所属する第二特殊犯であれば爆発予告の関係で忙しいのはわかるが、第一特殊犯は本件は担当外。にも関わらず大きな山が動いた時のような緊張感と気配が室内を満たしていた。「なんかあったんすか」
ぐちゃぐちゃのスーツをなんとか整えようとしている警部補に声を掛ければ少し驚いた顔をしたのち、ああと頭を抱えられてしまう。松田が不機嫌を隠さず顔を顰めればため息をついた後、静かについてこいと一言松田へと告げて早足に会議室へと姿を消す。勤務時間前の松田は迷うことなくその背中を追った。
会議室は先ほどまで使用していたのだろう、資料が散乱しホワイトボードには細々と文字が記されている。警部補は頭を掻き回すようにして髪を無造作に乱した後、松田を見据えて確認のように口を開く。
「11月7日、例の爆弾魔の件で絡んできた松田だな」
「……」
「強行犯だったか……可能であればお前らが出てこないことを祈ってたんだが、最悪の想定で一応耳には入れておく。ただし、ちゃんと目暮の言うことは聞け」
「……わかりました」
不穏な前置きにイヤイヤながら、松田はしっかりと言葉を返した。捜査一課に異動となってから、松田はかなり周囲から嫌煙されていた。態度がデカくサングラスをかけて業務をしていれば悪目立ちする。しかしそれでもしっかりと強行犯の仕事をこなしているのは周囲もわかったのだろう。例の爆弾魔しか興味がなく仕事をしないのではと懸念していた周囲は、逆に呆気に取られきちんと仕事を終わらせてから話を聞きにくる松田をそこまで邪険にしなかった。前評判と見てくれが悪すぎたからこそであるため、いいものとは言い難いが。期待値が恐ろしく低かったところ思ったよりもまともだった、程度の評価であることを松田もうっすらと自覚している。だからといって省みることをしないのも松田だった。
「うちの3班で警護してた人物については」
「D課の新人っすよね」
「昨夜から行方がわからなくなってる」
「は?」
体を避けた警部補がホワイトボードに貼られた一枚の写真をノックするような仕草で示す。警察手帳の写真だろう、警察の制服を纏った水瀬の写真が貼られていた。
松田も水瀬のことを認知していることを把握したのだろう警部補は、ため息のち詳細を語り始める。自宅近辺を張り込んでいた刑事と、交代も兼ねて22時から登庁予定だった水瀬を迎えに21時頃に別の刑事が自宅へと向かった。ほんの5分ほどだったらしい、張り込みの刑事のそばで車上荒らしが出たのか車の警告音が鳴り響き目を離した。迎えに行った刑事がチャイムを鳴らすも応答がなく、念のため張り込みの刑事が交代で預かっていた合鍵で確認したところ部屋は荒らされ、水瀬はいなくなっていたのだという。なるほど、誘拐を担当する第一特殊犯が出てくるわけだ。
大きく意識して息を吐き出した松田は考えをまとめるように口を開く。
「あまりにタイミングが良すぎる……車上荒らしは捕まったんですか」
「いや、監視カメラも昨日の昼から壊されていて後ろ足も不明だ」
「水瀬の自宅からは」
「玄関先に盗聴器があったとよ」
であれば、迎えの警察を名乗って入口を開けさせた可能性が高い。ご丁寧に警戒音のなる近隣の車を調べ、監視カメラを直前で壊している。極めて慎重で小賢しい真似だ。そして、このタイミングで拉致を強行したと言うことは十中八九例の爆弾犯による犯行だろうと松田は判断し頷く。
「なら、まだ殺されはしない」
「……どうしてそう思う」
「自宅で殺してないっつーことは、誘拐したあとに目的があるんだろ」
そしてそれは間違いなく爆弾に関わる。当時の事件、萩原が解体した爆弾の報告書を思い出しながら、松田はグッと喉仏をさげた。暗記するほどに読み込んだ報告書だ。萩原が爆発物処理班にて最後にあげた報告書。その爆弾の作りから、犯人の性格や人間性も多少は見えてくる。巧妙に罠を張り巡らせて、安心できるブラフをおき本命を奥深くへ隠し最後に高笑いする。神経質なまでに細かい設計、相手をおちょくるような餓鬼のような無神経さ。そして誘拐までの行動や同じ11月7日に拘って予告を繰り返したところを見ても水瀬に万が一があるとすればどこかで爆発が起きた時だと松田は確信した。
そして、捜査一課のFAXに犯行予告とともにぐったりとした水瀬が何処かに手錠で繋がれている写真が送られてきたのだった。
傷害事件も絡む可能性、そして何よりFAXの暗号を解いたのが松田だったと言うことから強行犯も杯戸ショッピングモールの観覧車へと急行した。松田が周囲を確認するも爆発物処理班も特殊犯の萩原も現着していない。先に連絡を入れておいたからか、あらかた店の方で避難誘導は進めていたらしく観覧車はすでに無人で稼働していた。爆弾が時限式であればあまり猶予はない。実際、予告状に記されていた時間まで後わずかだ。特殊犯の1人が爆弾処理班に到着までの時間を確認しているが、それまでに爆弾を乗せたゴンドラが何周するか。ちょうど、問題のゴンドラが下へ到着する。処理班の到着は待てるものではないと観覧車の大きさを一瞥した松田は腹を括る。
「警部」
「なんだ」
「ゴンドラに乗る許可を」
「は、はぁ!?松田くんあなた何を……」
「この場に爆弾を処理できる刑事は俺だけ、処理班の到着を待っている間に誘拐された警官の命が吹き飛ぶ」
「だからって……!」
「見ろよ……72番のゴンドラ、女の手が見える」
松田の視線の先には確かに女の手が見えた。ちょうどゴンドラの窓からちょこんと覗く程度。床に座らされ、手錠で窓枠に繋がれているとすればあの位置に手が見えるだろう。松田の言葉に佐藤は息をのんだ。FAXして送られてきた一枚の写真。白鳥が面識があり零していたがD課の警官だという。佐藤も噂では聞いたことがある、今年入ったばかりの新人警官。
「俺ならバラせる」
目暮の目をしっかりと見て、ジャケットの内側から工具まで取り出した松田に、佐藤は絶句した。刑事部に来ると決まる前から松田の話は聞いていた。11月7日の爆弾事件に対して並々ならぬ執着を見せており、その犯人を上げるため特殊犯へ異動届を出し続けている爆発物処理班のエース。まさかこの土壇場で本性を出すとは思っていなかった佐藤は松田を睨みつけて吠えるように叱咤した。
「だめに決まってるでしょ!?できるからといって、越権行為よ!」
「じゃあ何か、目の前の人命見殺しにするのがお前の正義か」
あくまで冷静に言葉を返された佐藤はでも、と言いすがる。あまりに危険すぎる、ただでさえ爆発物処理班でも重装備で挑む爆弾解体だ、失敗すれば確実に死ぬだろうし、過去の記録から遠隔操作での爆破もあり得ることを佐藤は知っていた。
「警部」
威圧はしない、誠意だけを持って松田は訴えた。一巡するように沈黙した後、目暮が項垂れる。そして下を向いたまま何度か頷き、目元を手で覆う。
「……責任は私がとる」
水瀬から目暮の名前を聞いていた時点で、松田は彼らがそれなりに親しいだろうことを把握していた。ここで見殺しにしろと言われていれば松田は命令違反で首が飛ぶものやむなしと考えていたが、流石の目暮もそこまで薄情ではなかった。目暮にとって部下も水瀬も、簡単に切り捨てられるほど軽いものではなかったのだ。
「んじゃま、プロに任せな」
サングラスを外しゴンドラへと乗り込む。不安な視線を背中に感じながらも振り返らずに慎重に扉を閉めた。ぐったりと倒れたままの水瀬の息があることを確認した松田は、ひとまず安堵の息を漏らしたのだった。
投稿日:2022/0620
更新日:2022/0620