愛は害した

「ウィンリィちゃん、本当に良かったの?」


そう、どこかこちらの様子を慎重に伺うように雇い主兼機械鎧の師匠であるガーフィールさんに問われた。なんのことか、最初は分からなかったのがその顔色を見ているうちにこの人がなにを心配そうにしてこちらに聞いているのかなんとなく分かってしまって苦笑することしか出来なかった。大丈夫です、とも嘘でも答えられない私にまだ心配そうにしていたガーフィールさんだったがそれ以上無理に聞いてくるようなことはしなかった。

大丈夫か、なんて私にもわからない。
ラッシュバレーで機械鎧におけるノウハウや、技術の向上を求めたのは一重にエドにもっといい機械鎧をと思ったからだ。自分の元の体と変わらないくらいに、けれど丈夫できっと旅の役にたてるようなものを作りたかった。だがその気持ちの裏側にはずっとシャノンの顔がちらついている。エド達から連絡を貰って出張で機械鎧を修理しに来るのだって本当は迷った。しかし今回は私が部品を一つ組み込み忘れてしまっていたという負い目もあり、遠出ではあったがセントラルまで自分の意思でやってきて、その流れでラッシュバレーに寄って。まさかそこで弟子入りを志願してリゼンブールに帰らないなんてシャノンも思わなかっただろう。私だってそんなつもりでラッシュバレーに来たのではなかったがここで学べることは本当に沢山あるのだ、それに気が付いてしまっては見過ごすなんてしたくなくて、勢いのままここで働きつつ学ぶことを選んだ。
シャノンは私が行かないでと言ってしまったからリゼンブールから離れないのではと思ったのは随分と前で、それをシャノン自身に確かめられるほど私は勇気がなかった。もしそうだとしたら、なんて考えるだけでも押しつぶされそうなくらいに心臓が痛くなる。シャノンがあの日、私が置いていかないでと縋った日を忘れているとは思えない。けれど少なくとも私があそこを帰る家にし続けているうちは、シャノンはあそこで待ってくれているという予感はあるのだ。その後はきっと、いなくなってしまう確信もあるのだけれど。今更ながら、シャノンを縛り付けるようなことを言ってしまったのではとなんども後悔した。だったらシャノンに言えばいいのだろう、「私は気にせず、シャノンも好きにしていい」とでも。けれどそれで本当にシャノンがあの家からいなくなってしまったらと思うととても怖くて言えなかったのだ。所詮、私はシャノンをあの家からどこかへ行ってしまうことを良しとはしていないのだろう。心の底で縛り付けている罪悪感と共に安心感も抱いているのだ。いつだったか、それに気が付いてしまったときはあんまりにも身勝手なそれに心底自分が嫌になった。にも関わらず私はこうして外に出て、シャノンを縛ったまま放って置いているような状況にいる。なんて酷い姉だろうと自分でも思うのだ、それでもどうしてもあの子が離れてしまうなんて考えられない。ばっちゃんはずっと、あの家にいてくれる。けれどシャノンはいつか絶対にいなくなってしまうのだ。それが近い未来であることが耐えられない。まだ、そんな心の準備など出来ていない。それこそあんな体でどこかに行ってしまうなんて怖くて送り出すことなんて無理だ。なんて、これは言い訳がましいか。

いつかきっと、絶対に。笑って送り出せるようになるまでは待ってほしい。泣いてしまうかもしれないけれどでも、心から門出を喜べるようなそんな姉として見送りたい。それが今ではないと私の物差しで勝手に図っているからきっとこんなにも心苦しいのだろうか。姉らしいことなんてひとつも出来ていないと思う、せめてシャノンが離れて暮らしたとしてもいつでも甘えられるような、頼れるような人になりたいとおもう。


「ガーフィールさんって兄弟はいますか?」


「私?妹がいたわ」


「…すみません」


「いいのよ、もう随分と昔のことだしね」


ティーカップをつまみ、息を吹きかける様子をぼうっと見つめながらこの人も妹がいたのかと少し納得する。なにかと面倒見が良く、知らず知らずのうちに手を焼かれていることが多いと気が付いたのはすぐだった。けれど、その言葉からもうその妹さんがこの世にはいないのであろうことも知れてしまって、余計な事を言ってしまったと落ち込んだ。


「私に似なくて、すごく負けん気の強い子だったんだけどね…家を飛び出したと思ったら軍に入隊していて前にアエルゴと国境で小競り合いになった時に死んだらしいわ」


「そう、ですか…」


淡々と語る口調からガーフィールさんがもう妹さんのことを心の中で整理し終えていて、折り合いを付けられたのだろうことが伺える。確かにアエルゴとの小競り合いと聞いて少なくとも私が産まれてからの事ではなかったのでそれなりに前の事なのだろう。時間が経てば悲しい気持ちが薄らいでいくというのは私にも分かる。悲しみだけでなく怒りだって喜びだって苦しさだって…きっと愛おしさだってそうなんだろう。両親が死んでからも時間が経った。あの頃の様に毎晩泣きもしなくなった。いったい私はいつから泣かなくなったんだろうか。その時にはもう悲しさは風化しつつあったのかもしれないと思うと自分がとても薄情に思えた。もう、両親が「ただいま」という声がどんな音だったのかも思い出せない。私の名を呼ぶ声しかもう記憶には残っていないのだ。いつかきっとこんな風にしてシャノンの声も私の記憶から消えていってしまうのかと思うと怖くて怖くて、どこかに逃げ出したいような気持ちに駆られた。
気持ちを切り替える様に頬を叩いて、品出しをしてくると明るい声でガーフィールさんに伝え店先に出る。するとどうしてか、後ろからこの前別れたはずのエドの声。


「よ」


「エド!…………」


壊れ果てた機械鎧に怒声が上がったのは不可抗力である。




 - return - 

投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905