自己犠牲の快楽
姉がラッシュバレーに修行に出た。修行と言うか弟子入りをしたのだとか。電話でラッシュバレーに寄ってくることは知っていたがそのまま帰ってこないとはまさか思わずばっちゃんにきいて驚いてしまった。そのあと電話を代わってものすごい勢いで色々と生活に対して(ちゃんと食べて寝て寝れなかったら電話してなどなど)言われ、受話器の話口をとん、と爪で叩くだけの返事を返した。最後には三週間に一回は帰るから!と言ってくれたのだが後ろで「無理よ」という声が聞こえたので無理なのだろう。それ以上に女口調な割に随分と野太い声だったことが気になったが聞くすべもなかったのでまだ渋る姉には悪かったがばっちゃんに変わって宥めてもらった。「にしてもあのじゃじゃ馬がよそで仕事見つけてくるとはね」
『じゃじゃ馬って…』
「この家もデンとあんただけになったねえ…ふたりとも大人しいから随分静かになる」
『寂しいね』
「なにってんだい、あんたは大人しいぶん世話はかかるからね」
『え、そう?』
そうかなあとあまり言われたことのなかった言葉に首を傾げれば呆れたようにため息をつかれてしまう。
「シャノンはウィンリィ以上に心配かけるからね」
それは、否定できない。
真っ直ぐと、けれどしょうがないと言わんばかりの言い方になんとか笑顔を作ってごめんなさいと頭を下げる。下げたまま、上げられないくらいに申し訳が立たなかった。けれどそんなことをしてしまってはまたこのやさしい人を困らせてしまうことなどわかっていたから、笑って顔を上げる。
「まったく、あんたはもうちょっとウィンリーの図々しさを見習うべきだね…ウィンリィはシャノンの落ち着きを分けてもらうべきなんだろうけどね」
ふう、とキセルを吹いて楽しそうにくつくつ笑うばっちゃんに欠伸をして体を震わせるデン。
なんでもない普通の光景だけれど、これがとても尊いものだとわたしは理解している。そう理解できていることはきっと大事な事で、その認識を日常に混ぜ込んでいけないという事を学んだ。
『あのね、最近考えてたんだ』
「なんだい」
『私、あっちの村で診療所を開こうと思う』
「…そうかい」
あっちにはないからね、というばっちゃんはどこか嬉しそうだ。
まだまだ勉強も足りない、声がでないというハンデもある。それでもこの村に甘え続けるのは嫌だった。これ以上優しさに浸かったままではダメになってしまうと思った。
「ならもっとしごいてやるから覚悟しとくんだね」
はは、と堪えきれないとばかりに高く笑ったばっちゃんによろしくお願いしますと伝えれば背中をパシリと叩かれた。
そんな毎日を過ごしていた時、その訪問者は唐突にやってきたのだった。
2016.12.10
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905