愛は害した
姉のいない家がこんなにも静かなのかと驚いた。今までも出張で家を空けることは合ったのだがここまで長期間いなかったことがなかったので遂に私の頭に中に違和感を覚え始め家がとても広くガランとしたものに感じた。ばっちゃんはいつもと変わらずに機械鎧を修繕しているしデンは誰かが来ない限り吠えることも無く、欠伸を漏らす程度の音しか出さない。機械鎧を弄っている時姉は凄く静かだ。だから初めは姉がいない家にもそこまで違和を覚えなかったのだがそれが続くとどうやら頭は騙されなくなるらしい。些細な音が足りない、例えば朝隣の部屋からカーテンを勢いよく開ける音が聞こえない。機械鎧を弄っていて部品を落としてしまったときの慌てた声が聞こえない。浴室から姉の機嫌のいい鼻歌が聞こえない。それらが積み重なってそのたびに姉はいないのだと主張する。そんな私にばっちゃんは気が付いていたらしく、「情けないねえ」と笑われてしまった。顔に出したつもりも表情に出したつもりもなかったのにもかかわらず気が付かれてしまうのがどうにも照れ臭く感じた。前は自室だったり居間で医学の勉強をしていたのだがそんな調子なので早々に外に出ることにした私に、日に当たりすぎるなとだけ注意をして自分の仕事に戻るばっちゃんに見送られ、家のすぐ横の木陰になっている場所に腰を下ろす。そこにデンがやってきて私の膝に足の片方と頭をのせて居座るのもここ最近の日課だった。あまり長居しすぎるとばっちゃんに中から呼ばれたり、デンに促される様に中に戻されるが今日の天候ならば少し長くいても二人とも何も言わないだろうと思う。その日はそれくらいに過ごしやすい気温でからりと晴れた日だった。デンの体温と風が運んでくる温かい空気にさらさらと流れるような音を立てる木の葉。加えて不眠症と言ってもいいくらいに夜に眠れなくなっていた私が数時間後、意識を眠りに落としてしまうのは当然ともいえた。「こんなところで、風邪を引くよ」
そう、体を揺すられていると感じてハッと目が覚めた時に耳に入ってきた言葉だった。知らないうちに横になっていたらしく視界に広がる風景は地面と草と、大きな靴。慌てて起き上がれば当たり前の様にくらりと頭と視界がぶれて、落ち着かせるように深く息を吸う。デンが心配そうに体を押し付けてきているのを感じながら珍しくデンが吠えなかったのだということに気が付いて顔を上げる。逆光で、顔が見えにくい。それに凄く背が高いのか随分遠くに顔があるように思える。木に体重を乗せて立ち上がればそれを待っていてくれたその人は少し背をかがめてこちらを伺っていた。
「君がシャノン、かい」
低い声だった。ともすればぼう、と体のどこかが震えるような低さだった。安定感のあるその声は全くの無表情で語られていたらしく眼鏡の奥の瞳も反射によってよく見えず、機械的なものを感じた。しかし揺り起こしてくれた手は温かく、酷く優しかった。だからこそふわりと目覚めることが出来たのだとわかっていたのですごすごと頭を下げて礼を伝える。それでもジッとこちらを見つめるその人に慌てて地面に転がっていたメモ帳を拾って文字を綴る。
『そうです、起こしてくださってありがとうございます、ロックベルに御用ですか?』
「話せないのか?」
率直にそう尋ねられて少し狼狽えてしまう。こうも真っ直ぐにそう言われたのは久しぶりでぎこちなく頷いてしまった。悩むように顎に手を持っていってなにか思案した風なその人をまじまじと見つめてみる。背が高く、眼鏡をかけていて、綺麗な濃い金髪だ。随分と久しぶりにその色を見たなと思って、ああエドとアルの髪に似ているのかとやっと思い至たる。そして続けてリビングにあるコルクボードの写真たちを思い出し、その中の一枚の中で彼が映っていたことをぶわりと思い出した。その時に反射で見えなかった瞳が、やっとレンズの向こう側に見えた。
ああ、私はこの人には本当の事を伝えるべきなのかもしれないとなんの覚悟もなかったけれどドキリと鳴った心臓が生々しく主張をした。
投稿日:2017/0905
更新日:2017/0905