愛は害した

相手がエドとアルの父親であると分かり、すぐにきちんと自己紹介をして彼に本当に二人の父であるか形だけ確認を取った。鈍い答えではあったが確かにそうであると答えを貰った為、すぐにばっちゃんを呼んでこようとメモに書いて置きっぱなしだった本を拾えば「いや」と声が上がった。


「ピナコならもう会って話した…トリシャ、死んだんだってな」


とても、静かな声だった。風にかき消されてしまいそうなほど細い音のそれはけれどしっかりと私の耳に届いた。表情はまた見えなくて、けれどどうしてか泣いているんじゃないかと思ってしまった。震えてもいないし、涙も流していない。悲しそうな声でもなかったし事実だけを言葉で確認されただけだ。それでも悲しそうに見えてしまった。一度、リビングにあるエルリック家の家族写真をしっかりと見たことがあった。故意なのかはわからないがこの人の顔だけ、別の写真と重なるようにして飾られていて、不意に捲ってしまった事がある。隠しておくべきものだったのだと捲ってしまってから気が付いたのは、暖かな笑顔で埋まっている写真の中で、一人だけ酷く悲しそうに泣いていたからだ。それをはっきりと覚えていたからなのか、今もまだこの人が泣いている様に見えてしまう。


『案内しますか?』


「お願いしていいかい」


今すぐにでも向かいたいのだろうという事を悟って、恐らくはばっちゃんが私にでも案内してもらえと言ったのだろうと予想し、本を持ったまま歩き出す。流石に誰も来ないとは言っても庭に本を置きっぱなしにはしたくない。この人は随分と前に旅に出たっきり戻ってこなかったと聞く。エドとアルのお母さんは何と言っていたんだったか。悲しそうではなかったのは覚えているのだがもうこんなにも記憶が褪せてしまうほどに時間が経ったのだと驚いてしまう。それよりも前にいなくなってしまったお義父さんとお義母さんの事も、もっともっと前にいなくなってしまったお母さんも。私が覚えている記憶はどこまで正しいのだろうか。人とは薄情な生き物だと思う、時間が経てばどうしたって思いや気持ちが薄れてしまうのだ。それがとても怖いと思うけれど、どうしようもないことだというのも分かっているつもりだ。


「養子と聞いたがいつから?」


『7,8年前です』


「君いくつだっけ」


『アルと同じで14です』


そう、といい黙ってしまった彼はもしかしたら何も知らないのかもしれないと気が付く。何度か行先を知りたくてばっちゃんに聞いていたのだが、ばっちゃんですらどこにいるのかわからないと零していたくらいだ。手紙なんて届けられなかったし、それはばっちゃんも同じだったはずだ。歩きながら文字を書くのは骨が折れる。今までの文字も相当歪んで読みにくくなっていたが、きちんと立ち止まってがりがりとなるべく早く文字を続ける。少し先で止まってこちらを振り返っている彼に申し訳なく思いながら、伝えるべきことをしっかりと書き込んでそれを破って渡した。


『トリシャさんが亡くなったのは10年前の8月4日です、流行病でした、最後まで穏やかに笑っていたのを覚えてます』


「…そう」


だから、と続けようと間違えて口を開いてしまって自分で驚いた。もう声が出なくなって久しいのにこんな間違いをするだなんて。居たたまれなくなってしまって途端に恥ずかしくなってしまう、なにを必死になっているんだ。最後まで笑っていたのだって、それしか覚えていないからでそれしか見た記憶が残っていないからだ。私の記憶でそれは本当のことだけれど、ばっちゃんに聞いたら違う答えが返ってくるかもしれない。それくらいには曖昧な気休めをしてしまった。そもそもばっちゃんに会ったと言っていたのだしそれくらいの話はもう聞いて知っているのかもしれない。情けなくて、なにもそれ以上言わないことに甘えて足を進める。すぐに隣に並ぶあたりから、コンパスがそもそも違い過ぎるのだという事に気が付いて私に合わせて歩いてくれているのだと知る。


「サラとユーリは?相変わらずかい?」


気をつかって、話しかけてくれたのだろう。そんな空気が伝わってきたがばっちゃんはその話をしなかったのかとペンを走らせる。また立ち止まる私に、それでも嫌な顔一つしないで待ってくれているのはまさしく優しいからなんだろう。


『イシュバール殲滅戦で、医者として赴いて死んでしまったそうです、最後までかっこいい両親でした』


「そう、だね…かっこいいな」


とても、急いでこんなに小さなメモに思いを書ききれなかったけれど一言いうのであればかっこいいなんてたわいのない言葉になってしまった。医者であり続け、信念を突き通して、偽善者と罵られていたことだって後から知ったことだけれどそれでもあの二人は出来るだけ多くの命を助けるために最後まで生きた。
細められた瞳の奥でなにを思っていたのかは分からない。けれど私の渡したメモを丁寧に畳んでポケットにしまい込んだ仕草を終えた時には、すっかりと無表情で前を見据えていたのでそれに倣うように私も足を進めた。




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投稿日:2017/0905
  更新日:2017/0905