3
どうしようめんどくさい。
そう思って踵を反射的に翻した私を逃がさんとばかりに捕まえたのはべろんべろんに酔った銀時で、あの後自分の仕事と真選組へ少し用があったので出向いていたのだがその間にお登勢さんの所に入り込んだらしくタマに回収してくださいと呼ばれてしまい、いやいや行けばこの状況。帰っていいですか。というか開店前のこの時間から居座ってるとかどんな迷惑だこいつ。大きくため息をつきたいのはそんな状況になっている原因がどうやら私にあるらしいというのが分かっていしまっているからだ、ホントもうごめんなさいでも帰っていいですか。
なぜ私が原因かわかってたのかというともう見事なほどに銀時が泣きわめいているからだ、どうしよう知らない人のフリしたい。果てしなくメンドクサイ。しかし恐らく私のせいで泣いているというのは分かったのだがだからといってその根本の理由までは全く思いつかない、私が泣きたい。
腰に抱き付くこいつの力はなかなか容赦がなく、酒のせいか普段よりも温度が高い。そして酒臭い帰りたい。溜息に反応したのか少し体をびくつかせて鼻を啜る銀時の頭を投げやりに殴りつける様に撫でれば、それでも文句を言わずにされるがままになっていた。
少しは考えてやろうかとも思っていたのだがそれすら億劫で、お登勢さんに助けを求める目を向けたが煙草の火を噴きかけられただけだった、煙い。うーんやっぱり煙草は好きじゃないなぁ。
「う“う”ぅ“おぇ”え“え”えええ」
「吐くならぶんなぐるよ、離して」
肘をくらわせてやって離せと促したがより力が強くなっただけだった、うざい。新八君がいやもう殴ってますよ!?と突っ込んでくれたが細かいこと気にしてるようじゃモテないよと内心で返しておいた。別にこの状況を見ているだけでこのパッパラパーを回収しておいてくれなかったことを恨んでるわけじゃないよー、うん。
男のガチ泣きほど対処に困るものってないと思うと初めはそりゃ私だって戸惑ったものだが定期的にこういうことはあるので慣れたというか、いや正直にいえばめんどくさい思いしかない。で、なに。といい加減帯が痛いから離してほしいという思いと自分で考えるのが嫌なので理由を早くいえと急かす。あともし鼻水やらなんやらつけてたらお前死刑な。
前に泣いていた時の理由はなんだったか、大した理由ではなかったからかはっきり覚えていないが確か私が銀時の味覚に何か言ったんだったか。理由が私にあったというかその言葉によってどうしてかは覚えていないが泣き出した銀時に適当に謝ってその件は終息したのだが、理由も分からず謝るのは癪だ。それに前に本当に面倒になってそんなプライドも捨ててそれこそ適当に謝ってあしらったのだがその時に余計に状況が悪化した覚えがあるので、だったら聞けばいいと学んだことを生かしているのだ。
なにより大切なのは時間の短縮と私のメンタル的疲労を最小限に留めるということだ。それに伴って記憶まで自分に都合のいいことしか覚えていないあたり、銀時が泣いていた心境や訳も心底どうでもよかったのだろう。というか銀時泣き過ぎ、女の私以上に女々しいってどういうことだよこいつ。奇声を上げながら顔を擦り付けてくる銀時に段々とイライラが蓄積されてくる、喋れよお前。
カウンターに座ったままの体制をいいことに後ろに勢いよく下がってやればいい音をたてて床に落下した銀時にまた一つ大きくため息を吐く。どうやら気味のいいことに顔面から床にこんにちはしたらしく、芋虫のごとく蠢いている。
「お登勢さん、これお勘定」
「全くあんたもこんなの捨てちまえばいいのに」
ほんとそう思いますほんと、これ私ただの財布に成り下がってるもんな。恐らく飲み漁ってしまった酒の代金よりも多くの支払額をカウンターに置いて迷惑料ですと哀愁を漂わせて言えば、これじゃ足りないがねとバッサリ切り捨てられてしまった。穴があったら入りたい恥ずかしい死ぬ。半泣きになりながらいくらですかと素直に聞いて財布から泣く泣くその不足分を払う、どんだけ飲んだんだこのヒモは。ただでさえこの人には家賃の面で多大な迷惑をかけているというのにこれ以上は私が耐えられない。流石にこいつの家賃までは面倒を見きれないが。
「なまえfさ;jぇお、mねwろいjsfdn」
「日本語でお願い」
がしりと足首を掴んできたと思ったら理解できそうにない妙な音を出しながら再び抱き込まれそうになったので容赦なく足蹴にさせてもらう。畜生今日の稼ぎがこんなことでぱぁになるとかふざけてる。しかしそんなことではへこたれないのか物理的に打たれ強いのか、関係なしにズルズルとお化けのように徐々に私の足元から這い上がってくる銀時、痛いし重い。
そしてついに重さに耐えきれず私を巻きこんで床に倒れこみやがった銀時にそろそろぶちぎれていいだろうか。勢いよく後頭部を木製の床に打ち付けて痛みに生理的な涙が浮かぶ。焦ったような新八君の声を聴きながらそれに答える様にひらりと片手を上げる。
「いい加減に……」
「――――――」
耳に直接落とされた声は酔いを感じさせるような頼りないものでも、泣き声の混じった情けないものでもなかった。ゾクリと背筋に震えが走ったほどに冷たく、そして熱を孕んだ音だった。驚いて目を見開けば銀色の髪が店の証明に透けて、淡く暖色に染められていた。鈍くてパッとしなくて、綺麗でもないその色だがそれでも嫌いではない。上から完全に圧し掛かられてしまって、圧迫感に視界されてしまったかのように呼吸まで狭くなる。体温の高い銀時の熱が触れる全てから余すことなく伝わってくる。腰に回った腕と肩から頬にすべる様に触れてくる手のひらも他人が自分に触れているのだと教えてくる。
しかしそんなこと以上に今は。
「重い酒臭い邪魔よけろ」
「……あ“ぁ”あああぁあああああああああ!!」
「うっさ!!」
耳元で盛大に叫びだした銀時を力の限りぶんなぐった。それでもこいつの力に勝てるはずもなく今まで以上に引き寄せられてしまった。それでもそれを甘んじて受けたのは、鼓膜を揺らした言葉に少しでも喜びを感じたからだった。
2014.11.13
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926