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久しぶりにやらかした。那田蜘蛛山での大掛かりな合同任務で、血鬼術にかかり蜘蛛になりかけた。体が蜘蛛になるなど奇怪な血鬼術もあるものだ、なんていつの間にか刺されていたらしい脚をボンヤリと眺める。とは言っても刺された足は酷く縮んでしまって本来ある場所にはないのだが。私はまだ軽傷の部類らしく両足が短くなる程度で済んでいるが、すっかり蜘蛛になりきってしまった隊士も多くいるらしい。治療をしてくださった蟲柱さま曰く、綺麗に蜘蛛になっていた方が治療が早く楽らしい。そのため脚だけ影響の強く出ていた私は蝶屋敷に放り込まれてしまった。恐ろしいほどに苦い飲み薬は、どろりとしているせいで余計に喉に味か残る。あんまりに酷い顔をしていたからか同期のアオイがお茶を一緒に出してくれるようになった。そう、同期。そう言えば同期だったなと久しぶりにここに厄介になって思い出した。もう刀は置いてしまっているが彼女とは同じ時にあの試験を受けた。そうはいってもあまり話したことはなく、親しい訳ではもない。彼女が私の事を同期として認識しているかも怪しいところである。
脚をやってしまっているせいで機能回復訓練も暫くは受けられず、ただただぼんやりと縁側で日光浴に興じる日々だ。とはいってもこれも治療の一環なのでなんとも言えないが。自力では歩けないせいでアオイか、もしくは蟲柱様の継子であるカナヲがひょいと体を持ち上げてベッドからここまで連れ出されている。お陰で動けない。這っていけば動けなくはないが、初日にそれをやってきよに悲鳴を上げられてしまっているので這って移動は禁止されてしまった……カナヲも隊服を着ていたなそういえば、いつ入隊したんだろう。
こんなに日中にぼんやりしているのは久しぶりだ。入隊してからこの時間帯は寝ているか次の任務先までの移動時間の二択だったので焦燥感すら感じそうである。こんなのんびりとしていてもいいものなのか。気絶していたせいでしっかり睡眠もとれてしまい、眠さもない。
「あ……ああぁあああ!?」
「う、うるさいぞ善逸!」
突然の絶叫。なんだか前にもこんなことがあったような、といつの間にか降ろしていたらしい瞼を持ち上げればいつかの任務で一緒だった我妻がいた。こちらを指さしているのだろうが、袖が余っているせいでその指先は服に埋もれてしまっている。
彼が私と同じく、例の毒でやられたという話は知っていた。なぜと言われればあんまりにも彼が騒いでいたからだ。数部屋は離れていただろうに「やだよこれぇええ!!なんで俺のだけこんな苦いのぉおおお!!!この世のものとは思えない味だよ!?これなに入ってんの!?」と私が薬を配られる同じ時に聞こえてくるからだ。ついでに叫び声が聞こえてきた時に丁度アオイが部屋におりぶつぶつと文句を言っていた。説明を求めれば私から話題を振ったことに驚いた様子を少し見せた後、我妻がこの毒をまき散らしていた大元の鬼を斬ったのだとも教えてくれた。
「あえたぁあああああ!!さ、探してたんだよぉ!!」
「知り合いか?」
我妻と一緒にいた耳飾りをつけた男の子がこちらと我妻を交互に見ながら首を傾げている。交互といっても最初に叫んだあとにすぐにこちらに駆けてきて、今は私の隣で大声を張っているためそこまで視線はうろつかなかったが。土下座をするように縁側で蹲り床に向かって叫ぶ我妻。それでも十分すぎるほどに大きい声だ。
「まえ、あの時、俺ずっと……!」
がばりと顔を持ち上げたと思ったらどうしてか泣いている。なんでだ、泣く要素あった?と首を傾げなにか言おうとする我妻の言葉を待つ。しかしそれ以降なにやら続きがでてこない。まるで言葉が見つからないと言わんばかりにはくはくと口を開閉させて焦っているように呼吸が乱れる。そんな我妻を見かねたのかなんなのか、一緒にいた男の子もこちらに近寄ってきた。額に傷がある、やけどの痕だろうか。
「脚……」
そしてハッとした様に、縁側に腰を下ろしている私の四肢がおかしなことに気が付いて顔を青ざめさせた。病人服と言われ渡された淡い色の浴衣の裾から私の足は見えない。なんなら少し風に煽られてはためく様子から膝から下がそこにないことも分かるだろう。あぁ、とそちらに目を向け、口を開く。
「この前の那田蜘蛛山で」
我妻が倒してくれた蜘蛛にやられて、ありがとうと例を続けようと思っていた。けれどその言葉はどうしてか彼の短くなってしまった手が、私の右手をがしりと掴んだことで引っ込んでしまった。先ほどまで動いていたのだろうか、私よりも陽の光よりもずっと暖かいはっきりとした温度が手のひらと甲を挟む。私の足と同じく指も小さくなってしまっているのだろう、それでもぎゅうと掴まれた手は咄嗟に引いてしまってもびくともしなかった。なんだと顔を我妻に向ければ、思っていたよりもずっと近い位置に彼の顔があってギョッとしてしまった。当たり前だ、手が短い状態の彼に掴まれればこの距離が一番遠いくらいだ。山吹色の頭が少しだけ俯いていて、前髪の隙間からうるうるとした瞳が私の足に向いている。よくよく見れば瞳の色は山吹というよりは少し鮮やかで藤黄に近いかもしれない。
「ぜ、善逸どうした?」
「……炭次郎、休憩終りにしよう」
「え!?いや今休憩向かって」
「いいから行くの!!」
がばりと顔を持ち上げ、そのままの勢いに立ち上がった我妻から手が解放される。なんだったんだと握られていた手を眺めていれば、炭次郎と呼ばれた男の子が酷く困惑した様にこちらを見てくる。私にそんな目を向けられてもと見返せば、その間に割り込むように我妻が体を傾けてがっちりと視線を合わせてきた。
「……ぜったいに強くなるから!俺!!」
わん、わんと屋敷中、いやさ町中に響きわたらせるつもりなんだろうかと言わんばかりの大声の宣言。思わず目を見開き、体が驚きのせいで持ち上がった。言い逃げのように直後には姿を消していた我妻に首を傾げるしか出来ない私は握られていた右手だけがほかほかとしていることにすら気が付かなかった。
2019.11.17
投稿日:2019/1117
更新日:2019/1117