2
耳が良いというのは、余計なことまで知ってしまうことだと気が付いたのは割と幼い時だった。隠そうとしている本心を、言葉の裏側をなんとなく察してしまう。暴かれたくないと思っていてもそれが分かってしまって、素直にそれを指摘していたせいで酷く気味悪がられてしまいよくないことだと気が付いた時にはもう手遅れなほどに遠巻きにされていた。内側から聞こえる音とは、本人すら自覚をしていないような感情や心だったりした。人には頭がある、考えられる。その人が考えたうえで表に出さなかったものを勝手に暴いてしまっていいものかとある時ふと考えてしまい、それからは人が脳で考えて口に出した言葉、表情を信じるように心がけた。
ずっとしんどそうな音を立てている子だと思った。顔にも言葉にもそれは出ておらず強がっているのかなと薄らと気が付いてしまう。それを指摘できるほど表にでているものはなく、見事なほどに体の中から聞こえる音だけが辛そうだった。一人で任務に行くとこちらに背を向けてしまったときは、ああ“また”呆れられてしまったのだと落ち込みかけたが彼女の内側から聞こえる音にそんな感情は混ざっていない。ハッとして集中すれば、キリキリとした痛々しい音がして、茫然としてしまう。え…?なにあれ、なんなの?あんな音させといて俺に来なくてもいいとか言ったの?反射のように荷物をまとめ、勢いのまま任務に行くことを宣言してしまった。いや、だって聞いてらんないよあんな音、むりむりと頭を振りまわして耳にこびり付いてしまったあの音を振りはらおうとする。別の事を考えようとしてふと日が大分傾いてきたのが目に映り、あ、と思い出してしまった。そういや任務じゃん、今鬼に向かってるんじゃん俺。
「後悔がすごい……」
「……なにが?」
「責任取ってね……俺の事守ってね……あとせめて名前を教えてくれない?そんで結婚してくれよ今すぐ」
隣を早足であるく女の子は自分よりも一回り二回りも小柄で、腰に携えている刀に違和感を覚えるほどに細い。こんな子が鬼を斬れるのだろうかと思うのだが、見たことが無いということは先輩なんだし強いんだろう。絶対に守ってもらおう、そうじゃなきゃ割に合わない。
「我妻はなんで結婚したがるの?」
「頑なに名乗ってくれないね!?死ぬ前に家族が欲しいんだよ!」
「かぞく」
「そうだよぉ!!死ぬ前にくらいいいだろぉそれくらい!!」
あ、と思ったときには遅かった。来なくていいよといってこちらに背中を向けてしまった先ほどよりも鮮明に、キリキリ、ギリギリと背筋が粟立つような嫌な音が、まるで責めるように音を立てた。なんだ、急に。突然のことに思わず喉元まで出かかっていた言葉か引っ込み、かわりに情けない引きつったような音が漏れ出た。
はじめてまともにこちらに目をむけた彼女は、中から聞こえてくる音にかき消されてしまいそうなほどに小さな声で、しかしはっきりと言葉を発した。
「家族になって、それで我妻は死ぬの?」
「え、な、なに?」
「死んで、家族は置いていくの?」
どうしてだか、薄暗く奥の見えない洞の中から問いかけられたように彼女の言葉が反響した。湿気を帯びて、寒気を覚えるほどに温度が無く、得体のしれない不気味さを持ったそれは、柔らかく俺のどこかに刺さった。なにか返さなければと口を開くも、あ、え、だの単語が千切れてしまったように言葉がうまく吐き出せない。そうこうしているうちに目を反らしてしまった彼女は、その後なにも話すことはなかった。
結局その後一刻もしないうちに鬼を斬り、落ち合った藤の家に戻ることもせずその場で彼女とは別れた。一度もこちらを振り返ることなく離れて行く背中を見えなくなるまで見送って、そこでやっと呼吸らしいものが出来た気がした。
「……どうしよ」
冷たい態度、言葉も数えるほどしか交わしていない。表面にでていたそれらだけを見れば俺は落ち込むべきなのかもしれない。冷たい女の子になにか酷いことを言われたと、喚いてもいいのかもしれない。けれど、内側から聞こえていたあの擦れるような嫌な音は、間違いなく彼女が傷ついて悲しんでいることを知らしめていた。
投稿日:2019/1117
更新日:2019/1117