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 自衛のために彼には話しかけないだろうな、なんて思っていた私が彼と話す機会を得たのはとても偶発的な出来事のせいだった。一瞬何かが頭に乗ったと思った瞬間、ぐいっと髪を引っ張られる感覚があった。いたい!と声を上げる前にその痛みは無くなり、頭にあった重みも消えておりきょろきょろとしながら頭に手を乗せ、そこに髪飾りが無くなっていることと、遠目に黒くて丸い何かが駆けていくのがチラリと映った。考えるよりも先に体はその何かを追いかけるために走り出していた。渡り廊下を駆け抜け、中庭に向かっていくそれを追いかけながら、頭の中で状況を少しずつ整理していく。恐らくはニフラーだ、と思う。実物を見たことはないが三年生の先輩が授業で扱ったと言って事細かにそれはもう詳細に色々と話していた特徴と一致している。光物がすきで、毛並みは黒く土や木の虚に巣をつくる。頭に手を乗せた時にぱらりと土の感触が指に触れたので、巣は土の中か。
 それよりも髪飾りだ、あれには試しにといろいろと魔法をかけてしまっているのでもしかしたらニフラーにとっては危ないかもしれない。先輩曰く害のない大人しい生き物だと言っていたしもしもがあったら可哀想だ。
 周囲に人がいないことを確認し、袖の下に入っている杖をするりと手の平に収めて杖を向ける。
「イモビラス……!フェラベルト!アレスト・モメンタム……アクシオ!!」
 当ったんない……!やけになって呼び寄せ呪文を最後に叫べば、これも外れたらしく近くに落ちていたらしい石ころが顔面にむかって飛んできて慌てて避けた。危ない……!!思わず避けた石を目で追ってしまったせいでニフラーから目を反らしてしまった事に気が付いてハッとして前を向けばガランとした中庭。あちゃ〜と思いながら弾んでしまった息を整えていく。一瞬考えてネクタイを解き左の手の平に乗せ、杖の先をそっとあてがう。
「ソーレット・ラピス」
 途端、きゅるきゅるとネクタイが縮まり、最終的には先ほど私の顔目掛けて飛んできた石程度の大きさとなった。ネクタイの色をした石を一度空に透かすようにしてから、うーんと唸る。思いつくものはいくつかあるがどうしようかと思案していると、恐る恐るという感情が前面に押し出されたような声が後ろからかけられた。
「な、なにしてるの」
「え」
 驚いて振り返り慌てて杖を隠したが驚きが大きかったのか、間抜けな事にポロリと杖が袖から転がるように落ちてしまった。柔らかい草の上に転がった杖を急いで拾い顔を上げると今日も今日とてどうしてか顔に泥を付けているスキャマンダーがいた。
「なにも」
「……に、ニフラーを追いかけて、たのを」
「みてたの!?」
 そこから!?とつい声を荒げてしまえば、びくりと肩をすくませて、けれども一歩引くことはしなかったスキャマンダー。呪文連発場面を見られていたらしい。レイヴンクロウから点数が引かれることになると不味い、なにが不味いって悪目立ちのワーストスリーに原点があるのだ。適当に呪文を試したかったと言えばなんとかなるだろうか、いや言った途端どんな呪文なのか攻撃が寮生からくる、そっちのほうがむり。
「で、でも酷いこと、しようとしてるわけじゃ、なさそうだし、それ」
 そういいながら私の左手を指さしたスキャマンダーは私の心配を他所にどうやら告げ口をして他寮の原点を目論んだりはしていないようだ。その素振りはないが、それでもどうしてという気持ちが勝り黙っていようと思って閉じていた口が開く。
「言わないの?校則違反」
「どうして?」
 どうしてって、と反復するように口にした言葉と不思議そうにしているスキャマンダーを見て、あ、本気で言っているんだと悟り今度こそ肩の力が抜けた。寮を気にしない発言をするような人をここにきて初めて目の前にし、少し笑いが漏れる。開き直って杖を握り直し握っていた石を見えるように手を開く。
「実はニフラーが髪飾りを持っていってしまって」
「う、うん」
「もしかしたら呪いが残っていて怪我をするかもしれないから取り返したいの」
「え!?」
「それで……トランスパーレント、グリーマー」
 二つ続けて呪文を口にし、コン、コンと杖で掌の青い石を叩く。一度目に透ける青に変わり、二度目に杖の先で輝いた光が飲まれるように石の中に閉じ込められていく。輝く青い石の完成だ。薄らとネクタイのボーダーが見えるが上手い具合に模様のように見え、銀の刺繍だった部分がキラキラと乱反射している。ころころと掌の上で転がし、人差し指と中指で挟む。
「これと交換してもらおうと思って」
「……」
 ぽかん、と口を大きく開けて目も大きく開けたまま茫然としてしまったスキャマンダーを横目にどこか巣穴だろうと地面に目を向ける。というか中庭に住んでいるなんて、他の生徒の私物を大量にくすねていそうだな。光物よりも食べ物の方が良かっただろうか、いやでも何食べるか知らないしなぁ。
 そもそも本当に中庭に住んでいるんだろうか、もしかしたらもう少し死の森の方なのかもしれない。でもなあ…あそこまで土を付けて歩いてきたのだとしたら絶対に中庭は通っているだろうし…。うんうんと言いながらそちらに勝手に足が向かっていたらしい。くい、とローブを引かれる感覚に足を止めれば、丁度そこからパッと離れていく手を見つけ、スキャマンダーに止められたのかと体を向ける。
「ご、ごめん」
「?うん」
 なぜ謝られたのかは分からないが頷きながらどうしたのかと問えば、なんとそのニフラーに心当たりがあるのだという。
 びくびくしながらも連れていかれた先は、以前私が彼をボンヤリと見ていたときの茂みで、ここ、と指を指してつっ立ったままの彼に御礼を告げて茂みを掻き分けた。簡単に左右に分けられるのはスキャマンダーがよくここを覗いているからだろうか。よくよく見れば獣道らしき細い道が出来ている。それを辿って更に奥に向かえばぽっかりとあいた穴を見つけた。覗き込むには腹這いになるしかなさそうだと諦めてついていた膝を伸ばし、顔をそっと近づける。結構深い。
「て、手は入れないで」
「うん」
 そんな可哀想な事しないよ、と内心思いながら杖の先から紐を出し、その先に石を魔法でくっつける。そろりそろりと地面にすべらせ穴の半ばまで入れ、ゆっくりと引き上げる。
「ニフラー……」
 小声で呼びかければ、声に呼ばれたのか石に釣られたのかぴょこっとまん丸い頭が飛び出してきた。丸い頭に丸い目、アヒルのような嘴のせいで口角が上がっている様にみえ、愛嬌がある顔をしている。遠目に見ていた毛並みを間近でみれば、烏のようにすこし艶のある黒さで、それなのにふわふわと毛が躍っているのをみるに触り心地がよさそうだった。
「さっきの髪飾りとかえてもらってもいい?大切なものなんだ」
 嘘である。授業で習った呪文でカラスの羽を変化させたものが大元だ。寮のシンボルにもなっているカラスには知性や好奇心といった意味合いが込められていると聞いて、頭にその羽をつけれていればあやかれないかなと狂った発想に至った結果の産物である。その後勝手がいいので色々と貯蓄させるような魔法をかけてみたりしていたのであれにどんな呪いが残っているのか私自身もわかっていないという、ばれたら即原点だろう代物である。はやく回収したい。
 くん、と鼻を動かしたニフラーは、くりくりとした目でじっとこちらを見てくる。言葉は、分かるんだろうか。そっと杖の先に付けていた石を差し出すようにしてニフラーを怖がらせない様に近づけて、「これをあげるから」と伝えてみる……ううん、無理かな。
「あ」
「!な、なに」
「ニフラーが石を強奪して穴に戻っちゃった」
 早業である。瞬きをしたときには一瞬杖が引っ張られる感触がし、眼を開けた時にはニフラーのお尻が穴の入口に吸い込まれていっているところだった。その旨をスキャマンダーに伝えれば、落ち着かない様にその場で脚を動かしているような音が聞こえてくる。
「あ」
 っぺ、と音がしそうなくらいの勢いで、穴から例の髪留めが飛び出してきた。そろ、と手を伸ばしてもニフラーが飛びついてくることも無くすんなりと髪留めは手に帰ってきた。また出てくるだろうかと暫く眺めていたが薄らと青く光が漏れているだけであの黒い毛並みが出てくる気配はない。しかし、通じるものだなあ。のそのそと起き上れば、すぐそばに立っていたスキャマンダーが「だいじょうぶ?」を声をかけてきたので、笑顔で髪留めを見せびらかすようにすれば、きょとんとした顔をされてしまった。
「返してくれた」
「す、すごい」
「ニフラーって賢いんだね」
「え、あ、うん……」
 煮え切らないような声に内心首を傾げたが取りあえずはいい経験だったと思うことにして髪留めはポケットの中に押し込んでしまう。
「スキャマンダーもありがとう、それじゃあ」
「あ……」
 なにか言いかけていた彼を置いてすたすたと寮へ戻り、頭に数枚葉がついてままだったらしいと気が付いて、もしかしたらそれを言いかけていたのではとシャワーを浴びながら思いはしたが、結局彼が退学となって大人になって再会するまで、彼が何を知ろうとしてくれていたのか私は気が付くことが出来なかった。


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投稿日:2019/1215
  更新日:2019/1215