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「ねぇなまえちゃん、なまえちゃんってシズちゃんのこと好きなの?」
「……」
「うーわーなにその顔、え、しかも無視?」
 一瞬思い切り顔を顰めてスタスタと、まるで俺の存在すらも無視して進んでしまう彼女に顔が歪む。わざと聞こえる様にしてため息をついて、見えていないだろうけど肩を竦めて先ほどよりも早歩きで歩く彼女の後ろに着いて歩いていく。なまえちゃんは仕事終わりであとは軽く買い物に行くか、真っすぐ帰るかのどちらかなのは分かっているがこの様子では帰るのだろう。
「幼馴染みという理由だけであんな暴力の権化、いやハッキリと言えば化け物というべきか、あんな生き物のことを恐れずに受け入れてやって挙句に恋までしちゃっているんだとしたら君はなにを目的としているの?だってそうだろ、あんな化け物に恋をしてやるだなんてなにか利益があったとしても難しいことだよねぇ、例えば自分が愛されたいから?例えばあの馬鹿力を利用したいから?例えば可哀想だから、例えば自分はシズちゃんにとって特別だとでも思っているのか……あいつ、前になまえちゃんにも怪我させたことあるんでしょ?感情に支配されて本能だけで暴れるだなんてただの獣だ、化物だ、そう思うでしょう?ねぇそんなことをされたのにどうしてそれでも好きでいられるの、おかしいよねぇ異常だよねぇ、もうそれってなまえちゃんのなかでどこか義務みたいになってるんじゃないの?平和島静雄は幼馴染みだから好きでいなきゃならない、みたいな観念に駆られてるんじゃないの?」
 ここまで話しているのに、彼女にとっては頭にくるような内容でもあったはずなのに歩く速度も変わらず動揺も全く見せない。それどころかなんのリアクションもないだなんて本当につまらないと思いながら彼女の後ろ姿を見つめる。どうすれば反応があるだろうか、シズちゃんのことをここまで言っても見向きも怒りもしないのだからどうしようか、と考え始めたときについに彼女は足を止め、こちらに振り返った。
「あのさぁ」
「ん?どうしたの?」
「暇なの?」
「暇?はは、変な事を聞くねぇ、そんなに俺の予定が気になるのかい?それとも」
「あんたって静雄のこと好きだよねホント、」
「は?」
 は?ちょっと聞くに堪えない言葉が耳に届き絶句してしまったのだが仕方がないだろう。は?俺がなんだって?今目の前の女は気のせいでなければ俺が……は?
 だいたい今までの話を聞いていなかったのか、どうしてそんな言葉が口から出てくるのだ、というより今までの俺の態度を知っていてどうしてそんなことが言えるのだ。
「私が思うに好きの反対って嫌いではないんだよね」
「……あぁ、よく言う無関心ってやつ?」
「そうそれ、まさに私あんたに対してそっちより。一人でベラベラ話しながらついてこないでくれる、関わりがあると思われたくない、なにしたいの?」
「ひっどいなー!キスまでした仲だっていうのに!」
「一方的にしてきたあれの事を言ってるのならそれこそだから?で?残念ながら私あんたタイプじゃない、静雄のが数段タイプ」
「……それはちょっと気に食わないなぁ、これでもシズちゃんよりはモテてきたんだけど?」
 思い切り顔を歪めて不快感を示してその事実を告げる。自分の顔が整っていることも女うけするものだというのも知っている。しかもこれでシズちゃんにはできない爽やかな笑顔や色気の孕んだ笑みを浮かべてやれば女は大抵顔を赤らめる。シズちゃんの弟が俳優をやっているくらいあいつの家系がそれなりに整った顔立ちをしていることも知ってはいるがシズちゃんと比べられるのは心底気に食わない。俺の言葉にジッとこちらの顔を見上げてきて見定める様に顔を見つめてきたなまえちゃんに柔らかい笑みを向けてやった。
「え……ないない、静雄のが断然男前」
「眼科を勧めるよ」
「というか比べる意味もないわ、うん」
「結構散々なこといってくれるよねぇ俺に、なにかしたかなぁ」
「……しいていうなら生理的にいや?」
 俺はここまで彼女に言わせるようなことをしたことがあっただろうかと考えて、すぐにこの前のキスの件が浮かんだ。それ以来初めて会ってこういう態度をされるということはそれなりに彼女にとって影響をもたらす行動だったということだと知る。口ではこうは言っているが実際はこうやって態度が彼女の心を映しているようだ。つまりはそこまで嫌だった、と。
「気に入らないなぁホンット」
 特に気に入らないのが、本当になまえちゃんが俺に対して随分と無関心だからだ。それを否定してやるには彼女は俺の情報を出して俺の“嫌な”部分を一切提示しなかった。例えばシズちゃんにちょっかいを出すとかやり方が気に入らないとか。唯一いったことと言えば心底的外れで理解不能な俺がシズちゃんを好きだと言いう訳の分からないものだ。
ようは、俺の細かい情報を記憶に留めていないのだ。きっと本当に俺に関して無関心なのだ。
 なんだそれ、本当に気に入らない。
 こんな関係ではなかったはずだ、会えばそれなりに会話をしたしシズちゃんと喧嘩をしている時だって声をかけられたりもした。それなのになんだこの態度は、なんだ俺を見るこの眼は。彼女が俺へ向ける感情はこんなに無機質で冷たいものだっただろうか。きっとそうだったのだろう、これだけ近くで正面から受け止めれば流石にそれが本当なのだと分かる。俺は今まで、そのことを見誤っていたというのだろうか。
 どうして。
「じゃ」
 なんの未練もなく踵を返して進んでいってしまう彼女。見ればちょうど交差点で立ち止まっていたようでどうやらなまえちゃんが立ち止まってくれたのも信号が赤だったかららしい。なんだそれ。気に入らない、どうして。
 雑踏のなかに薄れていく彼女の後姿が段々と遠くなっていく。そのもっと遠くであの独特なエンジン音が聞こえた気がしてあぁこれも日常の一部だったなと気が付く。日常に非ざるのではない、本当にただの普通の一般的な気に留めることもしない日常。
不意に昔彼女が自殺しようとしていた少年に向けた言葉を思い出した。お前が死んだって誰も悲しまない、誰も悲しんでなんかくれないよ。驚かれはする、けれどそれは初めの一年だけで二年経てばそんな奴もいたな、三年経てば存在すら忘れ去られる。
俺は彼女にとってそんな一部に過ぎない、こんなに非日常を過ごして沢山の人間を愛して、愛されるべき人間である俺に対して、なまえちゃんにとって俺はそれくらいにどうでもいい人間なのだ。そんなこと、認めない。
 点滅して赤になりかけている信号を無視して走り出す。そうだ、そんなの認められない。俺は人間のすべてを愛していて人間は俺のものなのだから、シズちゃん以外の人間は皆みんな。なまえちゃんがそこから抜けるだなんて許されない。だってなまえちゃんはシズちゃんにとって特別な人間なんだろう、そんな面白い駒なのに俺の手元にないだなんて絶対に、絶対に。
 ぱしりとつかんだ腕は思ったよりも細かった、こんなのシズちゃんが触れらだけで死んでしまうだろう。そうなったら面白いのにそしたらシズちゃんをズタズタにできるのに。人ごみに紛れていたはずなのに彼女はすぐに見つけられる、どうしてか俺の眼について腹さえ立ってくるくらいに俺の視界の中で悪目立ちしている。力加減が上手くできなったのか痛みに顔を少しだけ歪めた彼女の顔が振り向く。そうだ、俺から与えられたものにそうやって大人しく反応をしていればいいのだ、そうしていつでも思い出していればいい、走馬灯にも俺を思い出せばいい、ついでにこの白い腕に俺の手の跡が赤く残ってしまえばいい。今日風呂に入る時にそれをみて顔を顰めればいいんだ、そして俺を思い出せ。
「……なに泣いてんの」
「……は?」
 そして、彼女の表情にまた別の色が浮かんだことに気が付いてその感情を読み取ろうとしたがその前に頬に彼女の手が触れた。ひんやりとしていて、どうしてか初めて彼女という人間に触れられた気がした。このまえなんて抱きしめてキスまでしたというのに。彼女の言うように俺は涙を流しているようだった、その事実は受け入れるというよりどういう訳か、そうなのかと思うくらいで特に感情は伴わなかった。
「あ」
「なに」
「そうか、なるほど」
「……」
「そんな顔しないでよ、傷つく」
「へー」
「ひどいなぁ本当に、こんなに好きなのに」
 好きなのに。こんなに、好きだったのか。それに気が付いてしまったらもう簡単だった、納得して気が付いてすんなりと受け入れられた。だったらそうだ、俺がこんなに愛しているのだからだからこそ彼女も俺を愛するべきなのだ。当然のことで必然の事で、そうなるべきなのだ。
 シズちゃんではなく、俺を。そう気が付いたのだから俺がすべきことは沢山ある。認めたくはないが新羅の言葉を思い出してそうだな、と同意を示す。だからこそ俺は巻き返しをしていくのだ。だから今、宣言をしておこう。
「覚悟していてね、なまえちゃん。君の死に際には俺だけが、俺だけを思って死んでもらうから」
 こちらに飛んでくる止まれの標識を避けるために彼女を解放して、俺は最後に俺の持ちうる最大の笑顔を彼女に手向けた。

2015.2.23


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926