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 私には、前世というやつがあった。
 それを知ったのは審神者としてここに勤め始めて本当にすぐの頃で、あの衝撃は未だにハッキリと記憶している。初期刀に山姥切を選んでその後、初めての鍛刀で現れたのが薬研藤四郎だった。その彼に問題があった、本当にこんなことあるのだなと己の因果やら縁やらを呪いそうになった。
「よお大将、俺っち……薬研、藤四郎だ」
 私を見て仰天した様子を見せた彼に、ああ本当にそうなのだなと悟った。嘆く間もないほどに鮮明に思い出した前世の記憶はふわりと舞う桜の花びらに伴って私に流れてくるかのようであった。
 戦場を駆ける視界、足元は非常に悪くぬかるみ、屍がごろごろと転がってあちこちから戦火が上がっている。逃げていたのか、どこかへ向かっていたのかは定かではないが只管に走る私は必死であった。断片的な記憶はそこで途絶えたかと思えば、私は地に伏していた。見上げる空は皮肉にも晴天ではあったがその青を背景にキラリと刃が輝いていた。そしてそれは一瞬で私へと振り下ろされて腹を通過する。防具を縫ってしっかりと刺さったそれは冷たく滑らかであったがそれは一瞬で痛みと熱さを伴って襲い来る。勢いよく抜き去られたその刃は私の血にしとどに浸かって赤く輝く。そして次第に視界は狭く暗くなり、私の意識はいなくなってしまった。
 その刃こそ目の前の彼だと、私は気が付いてしまった。同時に目の前の彼も知ったのだろう、私がいつか殺した誰かだったのだと。
 それからはもう最悪だった。刀剣の少ない現状で薬研に頼らない訳にもいかず、戦へと連れていけば敵を斬るその刃に最大にビビらされ、血を浴びたそれを見れば卒倒しそうだった。怖いです、薬研怖いです。斬られた敵に私もああやって切り捨てられたのだと思案してしまえばどうにも親近感すら湧いてしまうし気合の入った「柄まで通ったぞ!」の声には思わず腹を抑えて悲鳴をあげてしまった。やめてください通されたことのある私としては洒落になりません。
 加えて、もっと最悪な事に薬研が私の反応を面白がり始めた。それこそ初めの頃は薬研を見るたびに山姥切の布の下に隠れ、手当と成れば本気を出して一瞬で終わらせていたくらいに避けまくっていたのだがそんな私を追いかけまわしたり必要以上に話しかけてくるようになったのだ。あれは前世の事だと言い聞かせて頑張っていた時期も私にはありました。けれどそうやって頑張っている時に限って前世を匂わせる言葉を薬研はぶっ刺してくるものだから今では完全に苦手意識が固定されてしまった。苦手というかもはや恐怖、恐怖の対象です。
「山姥、山姥助けてくださいよ……」
「写しの俺に無茶いうな」
 絶対写しとか関係ないと思いますと思いながらもなんだかんだ言って私を布の中に隠してくれる山姥には感謝しているのだ。他の粟田口の子たちは嬉々として主を虐める兄を見せたくないので頼めない。というかあんな怖い人に可愛い子たちをけしかけたくない。可哀想すぎる。薬研の後に来てくれた鳴狐なんてお付きの狐すら何も言えずに絶句してしまったくらいだ。その後鳴狐から野花を貰って少しだけ元気にしてもらったがあの可哀想なものを見る目は今でも忘れない。目は口程に物を言うんですね、実感しました。
「ぶっすりいかせてもらうぜ」
 あ、だめおうちかえりたい。

「薬研」
「ん?あぁ、一兄か、どうした?」
 私の歓迎会だと言って豪勢な食事や弟達との再会、他の刀剣との顔合わせや歓迎の言葉を幾多に受け取った後、席を立った薬研を見つけてこっそりと後をつけた。もう宴も無礼講のような宴会になり替わっていて弟たちのほとんどは既に床についているのだろう。一言挨拶をして席を立っていった彼らに、こうして挨拶を交わすことの大切さ知る。こうして一つずつ私も人の形を取ったことの意味を知っていくのだろうと思うと楽しみだと感じる。そんな弟たちのなかで薬研は残っていたのだが遂に場を離れた彼に眠るのかと考え、その前に話がしたく彼の背を追いかける。月夜に浮かぶその背中は小さかったがしゃんと真っすぐに前を歩く姿は勇ましいとすら思えた。流石は、戦場を抜けてきただけはある。しかし目的地は予想とは違い厨房であった。新しい徳利を用意しながらこちらに振り返った薬研に笑ってしまいながら手伝おうと盆を受け取る。
「主役なんだからんなこと気にしなくったっていいってのに」
「いや、こんなにも暖かく迎えてもらったのだから十分すぎるくらいだよ」
 本当に、主の人柄が溢れかえっている本丸というべきなのか戸惑いを覚えるほどに皆優しく、そして人らしかった。食べるという行為も初めての事であったが成程、満たされるものがあるなと笑顔を浮かべて食事をする弟に囲まれながら思った。人の営みとはこんなにもいいものだったのだなと知り、これを護っていきたいと強く思う。いつまでも続いてほしいと願ってしまう。それもこれも主のお陰であるのだからあの少女はあんなにも慕われているのだろうと察する。だからこそ、薬研と主の関係には首を突っ込むべきだろうと思ってしまったのだ。数日見ていても主があんな風になるのは薬研に対してだけであったし薬研がああなるのも主に対してだけであった。
「薬研、主となにかあったのかい?」
「何かってなんだ?」
「いや、どうしてあんなにも主がお前を……」
「あぁ、そのことか」
 ふぅ、とため息をついて最後の徳利とつまみを私の持つ盆に乗せた薬研はともすればうっとりとした顔をしていた。それを見てぎょっとしつつ、固唾を呑んで言葉を待てばその表情以上に感情の乗った声が言葉を紡いだ。
「大将が恐怖してくれてるあの瞬間だけは、大将の頭ん中俺の事で一杯だろう」
美しく笑った弟に、ぞくりと背中に走るものがあった。
 歪みなくサラリと当たり前の様にそれを口にした薬研はその瞳を嬉しそうに細めてすらいる。これは、異常なのではないのだろうかとまだ感情に疎い私ですら思う。他の弟達もこの一面を知っていたからこそああいう反応をしていたのだとそこでやっと気が付き顔を顰めてしまう。危うい、そう感じさせられるものが薬研からは漂っているのだがそれを良しとしている節がある。だからこそ、余計に異様に目に映る。
「ほどほどに、な」
「なぁに、大将を護りたいって思いは誰とも変わんねぇよ」

2015.11.21


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926