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すぐに落ち着いてくれた主にホッとしつつ、第一印象通りに温かく歓迎の言葉をくださった事で更にホッとした。これからのことや現状などの話を聞き、こんなにも暖かで柔らかい主の元で力を振るえることは喜ばしいことだと頭の隅で考える。霊力が彼女の人柄を物語っているためかすんなりと全てに肯定を示すことが出来た。そしてひと段落した時に、彼女の方から弟たちに会わないか、と提案されてしまい反射的に頷いてしまう。なんでも粟田口は顕現が確認されている物達は全てこの本丸にいるらしい。少し先ほどの主の言葉を思い出しはしたが、それ以上に会いたいという思いが強かった。
「わぁ!一兄だ……!!」
「えっ!おわ!まじだ!一兄!」
わぁああ!と駆け寄ってくる少年たちを見てすべてそれが自分の弟だと理解する。見てすぐにそうだと分かって、そうして喜びが湧き上がってくる。パタパタと駆けてくる短刀たちは飛びかかってくる勢いで私に抱き付いてくる。その温度を感じて人の姿とはこんなにも沢山の感覚が押し寄せてくるのだなと感慨深く思ってしまった。鉄の刃だった頃は知りえなかったぬくもりを与えてくれた主には恐らく折れるその時まで頭が上がらないだろうと後ろで笑みを浮かべている彼女を横目で確認しながら思う。弟達も随分よくしてもらっているのが一目で分かる。できればもう少し早くここに来たかったと五虎退が抱き付いてきた腹が薄ら痛みを覚えていることに情けなくなりながら強くなった彼らに視線を合わせる。はちきれんばかりの笑みをくれる彼らに同じく微笑みを返しながら一人ずつ頭を撫でていけば様々な反応をしつつも一様に更に喜びを表してくれた。
そこで、あれ、と気が付く。主は粟田口は皆いると言っていた。いる面子の名も聞いていたのでこの場にいない打刀や脇差の彼らにも後で会えるのは分かっていたのだが、先にも言ったように短刀はこの場に全員いたのだ。いや、いたと思っていたからこそ一人いないという事に気が付いて違和感を覚えた。
「厚……薬研はいないのですか?」
一番近くにいた彼に問えば途端にグッと喉を掴まれたような妙な顔をしてしまったので内心首を傾げる。この場に彼だけいないのであれば気になってしまうのも必然だろうと不思議に思っていたのだが厚だけではなく皆が苦い顔をしてしまっていたので今度こそ首を傾げてしまった。
「いや……一兄、薬研は……あれだ、あの」
「い、忙しいっていうか、ね?」
歯切れの悪くなった彼らにますます首を傾げる結果となったのだが訳が分からないという顔のままの私が不憫だったのか、末の弟である前田が物々しく口を開いた。
「薬研兄さんと……その、主さまは会わせない方がいいんです」
「えっ」
「あ、いや違うんだよ一兄、別に不仲とかそういう訳じゃないんだけど」
遠い目をしてしまった前田に驚き、その言葉に更に驚く。知らない間に小さな末っ子が大人の表情を出来る様になってしまっていただなんて。いやいまはそれどころではなく、主と薬研の関係を不安に思うべきだろう。慌てて乱が言葉を重ねるがその表情は酷くぎこちない。そろりと秋田が主の様子を盗み見たのが分かったのでそれに倣って主に視線を向ければ平野と博多がいつの間にか彼女の傍に行ってじゃれていた。あの真面目な平野が、と少しだけ気まずい間柄である弟が無邪気に笑っているのを見て思うところもあったのだがそれ以上に迅速に主の元へフォローへ向かっていた弟たちの団結力に目を見張るものがあった。
「もしかして一兄か?」
びくり、面白いくらいに私以外の背中が撥ねた。その声に一人喜びを感じながら振り返ればまさしく渦中の人、薬研藤四郎の姿がそこにはあり、頼もしい彼の歴史に沿ってなのかその印象も他の弟達よりスッとしたのもがあった。私との出会いを純粋に喜んでくれているのが伝わってくる笑顔と言葉を貰い、他の弟たちがどうしてあんなことを言っていたのかと思ってしまったのは当然だったのだが、私の背後で情けないくらい弱々しい悲鳴が上がったのでその疑問をぶつける暇はなかった。
「ひ、や、や、やげ、」
「大将……」
最早顔面蒼白と言っていいほどに顔色を失って震えはじめた主に驚愕してしまう。どうしたのかと彼女の傍へ行こうと思ったのだが後藤が無言で袖を掴んでくるのでそれは叶わず、薬研と主の間で困惑を抱くことしか出来なかった。どう見ても恐怖一色を感じている主の傍で博多と平野が「うわぁ」という顔をしていて余計に訳が分からなくなった。
「大将」
「ひっ」
余りにも怯えて見せる主にそれに構わず近寄ってきた薬研。平野と博多は薬研が近寄ってくるのと同時にこちらへ戻ってきたので自然と主と薬研は二人になっていた。先ほどまで薬研の話すらも主の耳に入れないようにしていたというのにどういうことかと聞こうと思ったのだが彼らの眼が諦めて疲れ切ったそれだったので口を噤んだ。
「なぁ大将…いくら俺っちでも大将にそんなに怯えられちゃぁ来るもんがあるぜ…」
その薬研の言葉と悲しげな表情に何があったのかは知らないが確かにそんなにあからさまに怯えた態度を取られてしまっては悲しいだろうと少しだけ主を責める様な気持ちを覚えてしまった。それくらいに薬研の表情は物憂げで雄弁だったのだ。しかしそんな薬研すらも恐ろしいと言わんばかりに後ずさった主は震える唇をなんとかこじ開けて声をそこから落とした。
「そ、その心は」
「その表情も堪んねぇな」
「い、嫌ぁああ!!」
「いつも通り良い声で鳴くじゃねぇか大将」
「ひ、ひぇここここ来ないで下さ」
「何言ってんだよ大将、あの時はそれこそ俺達ぶっすりと繋がったじゃねーか、俺っちが大将の中にあんなに深」
「あああああうわああああああああああああ」
咄嗟に、目の前にいた前田の耳を塞いだ。主の絶叫ではなく薬研の言葉を聞かせないために。そして思い出す。出会い頭に主が言っていた「弟の教育」の話。これかと納得してしまったがこんな教育私はしていない。しかしそんな前田ももう慣れ切ったとばかりの憂いの表情を浮かべていてそれに気が付いて今、自分がどんな顔をしているのか分からなくなった。
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926