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 アスマ先生が亡くなったと聞いた時、急激に体から温度が抜け落ちていくのを感じた。それを知ったのは中忍の待機所で、重々しい伝令役の空気に任務だろうかと立ち上がっていた私は、頭の理解よりも先に体が素直に反応を示した。膝が笑い、立っていられずへたりと冷たい床に座り込んでしまう。抜け落ちた体温がそのまま私の真下の床に留まってくれているはずもなく、這い上がるようにして冷えた温度が臀部から伝わる。誰かがなにか話しかけてくれているのか肩に温度が触れた気がしたけれど、その温度もすぐに冷えていき、感じられなくなった。
 気が付けば一人、真白な病室にいた。誰かが運んでくれたのだろうけれどいったい何日経ったんだろうか。これでもかと布団を被せられていたようであったがしかし、自発的に温度を出さない私の体ではいつまでたっても布団の中は冷たいままだ。どうやら湯たんぽを入れてくれていたようだったがそれも時間が経ち過ぎたのかすっかり水の常温となっている。なんとか動く体を無理に動かし、体を起こす。布団から解放された体は途端にまた温度を無くしていき、とうとう動かすことすら億劫なほどになった。
 さむいなあ、本当に寒い。体を自由に動かせない。凍えるという感覚は即ち冷え切って温度が消え失せ、固まるということだ。まるで死体だ。恐らく人は暑くて死ぬときは知らずして死ぬが、凍えて死ぬときは近寄ってくる死を、いや自分が死に一歩ずつ近づいていることを実感しながら死ぬのだろう。動かなく、鈍くなるくせにその感覚だけは鋭利で脳に異常を伝える。
 さむいね、寒い。アスマ先生は今、こんな風に冷たいのだろうか。いや、それはないのだろう。人が死んでしまえば温度が無くなるけれど、それは気温より幾ばく低い程度であると私は知っている。その日寒ければ死体も冷たし、温かければ温かくなって腐っていく。道理である。
 さむいよ、寒い。死体の温度を零とするならば、それじゃあ私のこの冷たさは零を下回るのだろうか。空気の気温よりも冷え、温度を失っても尚冷えていくこの体は、だからこそ死んでいない。死んだとききっと、私の体は温かくなるのではないのだろうか。
 ああ、それはとても怖いことかもしれない。そう思ったときにふと、体に熱を感じた。いつの間にか視界は真っ暗で知らないうちに夜が来たのかと思ったけれどそうではないと思う。夜はこんなに温かくない。時間感覚もよく分からず、けれどけして短くない時間をかけて体がほぐれていくのを感じる。ああ、きっとアスマ先生が死んでしまったという事実も、時間と共にこうして風化していくのか、それが今なんだろうかとボンヤリと考える。相も変わらず、わたしは非常に冷たい人間らしい。うちはの人とだって、仲が良かった。三代目様だって、お世話になった。サスケだって、同期の仲間だ。それなのに寒いだけで、それ以上体はなにも感じられないのだから自分でも薄情な人間だとそう思う。本当に私の体が凍っていたのなら、氷のようにひび割れてしまえばいいのに。けれど冷たいくせに柔らかいままの体は割れることも砕けることも無く明日を生きていく。
 さむい、な。しかし唐突に耳が温かい空気に包まれる。耳たぶが付いているのかすら分からないほど冷えていた筈のそこが、途端に音まで拾い始める。
「まだ寒いかよ」
 温かい声が、鼓膜を溶かす。
 その時になってやっと、体を誰かに抱きしめられているのだと理解した。動くようになった首を動かせば、視界は開け緑の深い色が広がる。
 それを中忍のベストだ、とぼんやり思いながらものそりと顔を上げる。はたしてそこにはシカマルがいた。ボロボロで、さも今まで戦っていましたなんて風貌で、ちょっと珍しいと思った。けれどそれ以上に、解けるように溶けて溢れる様に湧き上がる暖かな水が、シカマルを伝って私の顔に降り注いでいたことに気が向いた。
 じわりじわりと、あとから追いかける様にして溢れるそれは、まるで雪解けだ。きっと何かが溶けたのだ、そう感じてしまうのは私が今、それによって温められつつかるからだろうか。
 寒いね、シカマル。
 声は出なかったけれど痛いくらいに熱いくらいに抱きしめられて、もう考えることに疲れてしまったから、その温度に身をゆだねるのも悪くないのかもなんて、狡い私はそう思った。



2016.12.6


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926