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「あの子がね、帰ってくるんだって」
「え?」
そう話す私の雇い主であるダリア・ハボックはその内容とは裏腹に酷く暗い表情をしていた。重々しい口調に何事かと、作業をしていた手を止める。ダリアさんがあの子と呼ぶのは、この人の一人息子であるジャンだけである。私とは幼馴染みの関係にあるが彼が軍に入ってから碌に連絡も取っておらず、会ったところで私の事を覚えてくれているかすら危うい。それくらいには疎遠になっていた彼ではあるが、何を思って突然帰ってくるだなんてことになったのだろう。私が知る限りではあるが軍に入ると出ていったきり彼はこの家には戻ってきていない。一人息子の帰郷を喜ばないダリアさんではない、それがこうも深刻な顔をしている訳が理解できず迷うように口ごもる彼女の口が開くのを待った。
「……下半身が、動かないみたい」
その話は、どうにも理解するには時間がかかった。軍にいれば怪我をすることもある、最悪命を失うことだってある。その危険性をダリアさんは嫌がり、最後までジャンが軍に入ることを渋っていた。けれどそれを押し来って半ば家出するようにしてここを出ていったジャンが、ダリアさんが危惧していたことを引っ提げて帰ってくるのだという。ダリアさん自身も私が来る少し前に、軍からの事務的な電話でそれを聞いたのだという。退役手続きには親族の立ち合いもあることが好ましいから一度セントラルに来てほしいと。
「ジャン、どうするの?」
「そうね……ここに帰ってくるのなら手伝ってもらおうかしら」
そっか、と力なく返して時計の音が妙に響く中二人で黙り込んでしまった。ジャンが帰ってくる、喜ばしいことである筈なのに嬉しく思えない。それはダリアさんもきっとそうでだからこそ酷く困惑した顔をしているんだろうと思う。この人にも随分長いことお世話になった、私の両親が軍人で、以前あった内乱で帰らずの人となって以来なにかと面倒を見てくれた。まるで娘の様に接してくれた。
ジャンが帰ってくる家に私がいるのは好ましくないと思えた。ハボック親子に気を使わせたくなかったし、なにより親子水入らずでいてほしいと私自身が願ってしまう。ダリアさんの息子であったジャンも彼女に似てとても優しく、ぶっきらぼうではあったけれど私が彼を好きになるのに時間はかからなかったと思う。疎遠になってしまったけれど、未だに初恋を拗らせたままである私としてはもうずっと前の事ではあるけれど再び会って変にぶり返したくない。因みに告白もした、した結果「餓鬼が色気づくなばか」と一笑されて儚く散った。それを思い出してイラッとしなくもなかったけれどその後すぐに恋人を作ってこっぴどく遊ばれていたのを目にしてしまって気が晴れたのを覚えている。同時に私とはまったく真逆な人が好きなんだな、としれてある意味では吹っ切れたのがよかったかもしれない。けれど、好きなものは好きなんだからしょうがないじゃないか。
「ジャンが落ち着くまで、私お店休むよ」
「なまえちゃん、そんな寂しい事言わないで」
「んー、でもジャンの事だから私がいると落ちつかないだろうしさ…あ、なにかあったらすぐに呼んでね」
「そうじゃなくて」
「もー、大丈夫だよ私は、それよりジャンの事見てあげて、ね?」
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926