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 ダリアさんがジャンを迎えに行っている間に別の仕事を探した。と言ってもなにかあるかなと駅の求人広告の集まっている掲示板を見ている時に知り合いのおじさんに声をかけられ、そのまま雇ってもらってしまったので探すというほど探してはいないのだが。おじさんはレストランを経営しておりウエイトレスを探しておりなまえちゃんなら是非と言ってもらえて即日雇用。もしかしたらダリアさんのお店に戻るかもしれないという旨もきちんと伝えている。
 仕事を教えてもらいながら分からないことばかりだなあと貰った制服を畳みながら思う。飲食店と物販のお店ではやはり勝手が違う部分と言うのが大きい。そしてカレンダーと時計を確認し、そろそろダリアさんが帰ってくる汽車の時間になりそうだと手早く荷物をまとめる。今から向かえば十分間に合うだろう。お疲れ様でしたと声をかければあちこちからお疲れー、と声が返ってくる。沢山の人がいる中で働いたことのなかった身としてはそういったことも新鮮で顔がほころぶ。
 少し早足に駅に向かえば、丁度二人が降りてくるのが見えた。荷物が多く、ジャンは車椅子に乗っているのを見て、ああそう言えば下半身が動かないという事はそう言うことなのかと理解する。遠目に見ても彼が随分大人に成長したのがわかり変わったなあと感慨にふけりそうになるもダリアさんが大変そうにしているのを見て、我に返って慌てて駆け寄った。
「お帰りなさい」
「あ、なまえちゃんただいま」
「……なまえ?」
 記憶にあった声より低く、甘い音だった。う、うわあなんだこの人、なんか色気がある。なんて内心どぎまぎしながらぎこちなく笑う。ダリアさんから荷物を受け取り、ずっしりと重いそれによろめきそうになるも根性で耐えた。無理しないでと言われるも笑顔でそれを振り切って笑う。恐らく怪訝な表情でこちらを見上げているのであろうジャンをなるべく視界に入れない様に足を進める。やっぱりというか、私の事は覚えてないんだろうな、覚えていたとしてもああそんな奴いたなあの程度だと思う。それをつきつけられるのは少し辛いものがあるので臭いものには蓋をさせてもらう。いやちょっと意味が違うか。
「あれ、なまえちゃん今日もう上がりなのかい?」
「あ、こんにちは」
 そうなんです、と笑顔で答えた先にはレストランで何度か会ったお客さんだ。生憎だが名前は覚えていない。お酒もだしているお店なのでウエイトレスに絡むお客もそれなりに多く覚えていられないのだ。ええー、なんてお世辞にも凹んだフリをしてくれるノリのいい彼は目ざとくも私の持っている荷物の中から制服の入った紙袋を目に留め、それそれ、と指を指す。
「目の保養なんだけどねー」
「上手いこといって、今度おつまみちょっとだけ増量しますね」
「商売上手だなあ!畜生また今度すぐに行くよ」
 まいどー、と営業スマイルで話を切り上げれば彼も用事があったらしく慌てて去っていく。なんとなく疲れて大きくため息をつけばくい、と引っ張られる感覚があって横を見れば、車椅子に乗ったジャンがこちらを見上げていた。不意の視線の交差に高鳴って誤魔化しのきかない心臓に呆れながら、改めて久しぶりと笑いかけてみる。
 髭なんか生やしてる、たれ目なところは変わってない、あと煙草でも始めたんだろうか、煙草の匂いもする。変わってないことを探す方が難しいくらいに気が付く知らない部分。それでも心臓は騙されてくれないらしくこの人が紛れもなくあのジャンなのだと高鳴って煩い、なんだが悔しかった。彼が引っ張ったのは私の制服の入った紙袋らしく、寄越せとばかりにまた引っ張ってくるので促されるままそれを手放す。膝の上のそれを置き、遠慮なく手を突っ込んだ時にはぎょっとしたがそう言えば以前からこういった配慮はなかったなと思い出し苦く思った。女として見られていないという事だ言わせんなよしんどい。
「なまえちゃん、それは?」
「ああ、テリーさんのところのレストランで雇ってもらって、その制服です」
「……裾短くない?」
「え、そうです?」
 ばさっと勝手に制服を広げたジャンの後ろからそれをみたダリアさんが渋い顔をしてそういう。そうかなあ、けれどみんなこれを着ているしそこまで短いとも思わないんだけれど。無言でそれを数秒見つめ、結局何も言わずに袋にぐしゃぐしゃと詰めたジャンを見て、帰ったらアイロンをかけなきゃだめかなあとボンヤリ思った。

「はいこちらハボック雑貨店」
『え、あれ、なまえちゃんは……』
 これで何度目だと舌打ちをしそうになりつつも何度も説明した言葉を続ける。あいつがうちの店を手伝っていてくれていたことはお袋から聞いていた。看板娘だったんだから、と話す母にあの男勝りなやつがそれはないと笑って否定した日が酷く遠い。再会してまず、誰か分からなかった。邪魔だからと短くしていた髪も長くなり、小さかった背丈も一般の平均身長までは伸びていた。相変わらず胸はすっとんとんだったがスレンダーな体ならではの健康な色気を纏っておりぎょっとさせられた。清廉であり、それでも大人の女として育ち、からりと無防備に笑う。これはいかんとすぐに思った。
 電話で要件を聞き、ガチャリと受話器を下ろして今度はため息を吐く。昔から一緒にいたからか、あいつの事をそう言った目で見ることが気持ちが悪くて、どうとち狂ったのかなまえから告白された時もうわ、としか思わなかった。妹みたいなものだった、あいつをそんな目で見ることをなにかが許さなかった。気が付けばあいつとは真反対の女に目を向ける様になり、俺はこういう女が好きなのだと実感できるとホッとすらした。まあその女のうちの一人にこんな体にさせられたんじゃ笑い種にもなりゃしないが。
 しかし、ここに戻ってきて気が付く。そういえばそういった女と付き合ってみても結局はどこかで何か違うと思い、それが大きくなるにつれて向こうが俺に飽きるのか捨てられることが多かった。俺は理想が高いんだろうかと考えてみるもそれなりに男前に産んでもらった自覚はある。現にここに戻ってきてから店に顔をだす知り合いの女も中々に多い。揃って悲痛そうな顔をしてくれるのでそれはそれでこちらの気が滅入る原因にもなっているのだけれど。そういえば、なまえはそんな顔はしなかったなとあれっきり会っていないあいつことをまた考える。
 そうなまえ、美人ではないがカテゴリーとしては可愛いとされる部類に入るであろう顔立ちに成長していたあいつ。看板娘だなんてガラじゃないと笑っていたがどうにも本当にそうだったらしいと思い知らされる今日この頃だ。電話に出れば二言目にはあいつの名前、店に来るやつも店内を見渡してあいつがいないと知ると俺に聞いてくる。それが落ち着いたと思ったら母にあいつの働いているレストランにいってきただのと感想を興奮気味に話していく輩が増えてきた。あの制服はそれはもう男心擽るものだった、大佐なんて大喜びだろう。一度だけみた制服をあいつが着ているところを想像しようとして、やめた。うっかりやらかしてしまいそうな気がしたのだ。
 そう考えてしまっている時点できっと俺は深みに落とされているんだろうな、と短くなった煙草を灰皿で押しつぶしながら机に突っ伏した。もう腹くくらなきゃならんなこれは。
 足がもどって、軍に復帰するとなった時、お袋には悪かったがなまえを連れていくと決めたのは早かった。


2016.12.22



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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926