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提出資料の締め切りがぎりぎりで、直接走って向かった挙句、その途中で資料に不備を発見しこれまた急いでとんぼ返りし、執務室に駆け込んだ時にはもうクタクタだった。それも徹夜続きだったことに加えばたばたと忙しかったこともあり、疲労はピークに達していた。提出に再度向かおうとしたときに見かねた副官である雛森桃が「休んでください」と言って代わりに走ってくれるくらいにはげっそりしていたらしい。その言葉に甘え、本当に少し、休んでいたのだ。朝から少し熱っぽかったのもありすぐに意識を落としてしまったが、いくら隊舎の中とはいえあんなにも気を抜くのはまずかった。
お陰で見ず知らずの隊員に寝込みを襲われていたらしく、気が付いた時にはすべて遅かった。なにしてくれとんじゃこのアマと叫んでしまいそうなくらいに最悪の状況だった。再任とはいえ五番隊には俺を知る面子ほぼはいない、新しく信頼関係を作っていかねばと言う大事な時期にも関わらず、よりにもよってそんな俺の状況を理解したうえで協力してくれていた数少ない百年前からの部下であるなまえに目撃された。あんな、辛そうな顔は出会ってから今日まで見たことがなかった。綺麗に笑っていたが、見ていて痛々しくこちらが泣くかと思わされるくらいに苦しそうだった。誰やあんな顔させたん、俺か、くたばれ俺。
百年前、俺自身があいつを三席に指名した。にも関わらず愛染の元であいつはどういうわけか降格させられ七席にまで落ちていた。腕が落ちた訳でも無く寧ろ実力派上がっていたし他の隊長格に話を聞いても優秀だと太鼓判を押されている。しかし同時に、苦々しく事実を教えてくれた浮竹隊長によれば、それも俺のせいだったらしい。
百年も、ずっと罪人として消えた俺のことを隊長として待ち続けていたせいで立場を悪くした。なんやそれ、なんでそこまでして俺なんかの事信じとんのやボケ。聞いた時は罪悪感と苦しさと、それとほんのちょっとの嬉しさでその場でウルッとしてしまった。ぶっちゃけると嬉しさはほんのちょっととかいうレベルではなかった、むっちゃ嬉しかった。愛染がいなくなったことに動揺するよりも、俺が戻ってきたということを喜んでくれているのは態度から伝わってきていたが、そんな話をされてしまっては男として意識してしまうのはしょうがないだろう。そういえば百年前からにっこにこしとったなあとか、あんころから俺んこと好いとってくれてたんかなあとか。目の下に真っ黒い隈までつくって俺の為に走り回っているなまえを見て、ああこいつかわいいなあと真顔のまま何度思ったことか。そういう眼で見てみればなるほどと思うくらいになまえからの好意が伝わってきて堪らなかった。なんなんお前、昔っからそんなやったっけ、健気すぎやろが。
だが、それも今回の件で終わってしまうかもしれない。ぐい、と親指で違和感のあった口を拭ってみれば案の定口紅が付着して頭を抱えた。嘘やんこんな色濃いのべっとりついとったんか。しかも走っていたせいで汗もかいていた、羽織も適当に脱いでいた、寝苦しかったらいやだからと首元も緩めていた。総合して最悪やんけ。ぼんやりと寝ぼけていたせいでいいわけもなにもできなかった。
まだ副官も戻らないだろうと時計を確認し、口を乱暴なくらいにぐいぐいと拭う。きちんと死覇装も羽織も着てそこでやっとなまえの霊圧を探ってみるがどうも見つけられない。あいつほんま腕上げよって、お陰で見つけられんやんけ。
隊舎の中にはいないだろうと外に出て、しかしそこからあいつが行きそうな場所が思いつかなくて百年の時間の経過を改めて呪った。
「あれ〜平子くんそんな怖い顔してどうしたの」
「うちの七席しらん?」
昼間から飲んでいたのかほんのりと顔の赤い京楽隊長が屋根の上からこちらを見下ろしていた。やはり疲れがでているのだろう、その存在に声をかけられるまで気が付かなかった。
「七席……っていうとなまえちゃんかぁ〜、いいよねえあの子、僕の隊に是非欲しいなあ」
「(どついたろかおっさん)」
「あ〜、でも彼女のあの様子だと彼のところかなぁ」
「あぁ!?」
「君も大概余裕ないよねぇ」
まるで男でもいるかのような言い回しに導火線の短くなっていた俺は簡単に噴火した。
2017.1.24
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926