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「白瑛様……」
 姉が遠征に赴く度に見られる光景に呆れに似た溜息が零れる。姉が禁城を離れる際に毎度の如く俺に預けられるこの従者、名をなまえというのだが盲目的なまでに姉に心酔している。それこそ青舜より長く姉に仕え、幼い頃から姉に付き従っているなまえなので、俺には微塵も忠義の意はない。それがどうして現在、その姉の弟である自分の横で項垂れているのかといえば答えは単純に、姉に留守を任されたからだ。「留守の間白龍を頼みます」という、姉の言葉には嬉嬉として是と答えたくせに、しばらく経つとこうしてふ抜けてくる。遠征となると青舜ほど腕が立たないなまえでは邪魔にしかならないのだ、だから毎度置いていかれる。姉の眷属にすら、この女は未だになれていない。
「そんなに言うなら連れていけと駄々でもこねたらどうだ」
「私に死ねと仰っております?」
「姉上はお前に甘いだろ、そんな事で打首になるか」
「わかってますよぅ……ただそんな事してしまったら自分が許せなくて自傷に走ります私…」
 うう、と徐に袖から手拭いを取り出し顔を覆ったなまえの手からそれをひったくる。
「あ!なにをなさるんですか!?」
「しらばっくれるな!また姉上の物を勝手に……!!」
 いつ気がついたのかは定かではないが、前々からなまえは姉恋しさに姉の物をくすねては心を落ち着かせるという悪癖を持ち始めた。その全てが姉が捨てた物だと知った時の恐怖といったらなかった。ある意味不敬というか、それこそバレたら打首だろう。
「違います!白瑛様から賜ったのです!!」
「嘘をつくな!お前に捨てるように姉上が言っているところを見てたぞ!」
「それ覚えてるあたり白龍様も相当白瑛様のことお好きですよね」
 物欲しそうに俺の手にある手拭いを見上げるなまえにこのことが姉に露見したらどうなるんだろうと思った。というか姉だけではなく俺以外にバレたら不味いだろう。だがしかし、単にこのことを姉に言わないのは姉がなまえを心から信頼しているというのもあるが、それ以上になまえがいなくなると俺が困るのだ。
 姉の料理を喜んで食べる馬鹿はこいつしかいない、いなくなられたら俺への被害が拡大する。あんなおぞましいものをなんの躊躇いもなく口に入れるなまえに関してだけは、ある意味尊敬している。毎回三途の川を渡りかけるのに全く学習することなく喜んで食べるこの馬鹿のお陰で姉は傷つかずに済んでいるのだから。姉の料理は料理じゃない、あれは一種の兵器だ。
 ゴミを漁るとことといい、あれを処理できることといい、それらを踏まえて心の中でなまえのことを塵箱と呼んでいるのはここだけの話だ。
 本当に不服そうに手拭いとともに視線を動かすなまえをみていて、ふと思ったことが口をついた。
「そういえばなまえは俺と姉上が似てるとは言わないな」
「え?」
 禁城にいる皇子皇女のなかで父と母を同じとする者は非常に少ない。だからなのか同じ血が流れている姉と俺はよく似ていると評されることが多かった。自分でもどちらかと言われれば似ていると思っているのだがそういえばなまえにそう言われたことは一度もなかった。
「白瑛様と白龍様がですか?」
「ああ」
「笑ったお顔は似ておりますけど……白龍様は白雄様の方が似てます」
 白瑛様は白蓮様ですね、とサラッと零したなまえに少しぎょっとした。もう随分と久しぶりに兄達の名を聞いた、一種禁句のようになってしまった兄達の名を事も無げに口にしたなまえを一度凝視して、そしてじわじわとその言葉の意味が心を犯していくような感覚を覚え、しょうがないなと手拭いを渡してやった。
「……今回だけだぞ」
「(そしてそのチョロさは白蓮様に似ておいでです)」


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926