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 カラン、と店の戸に付けられたベルがジャズがBGMに流れる店内に静かに来客を知らせた。賄いを食べて丁度眠気がピークだった為に反応が少し遅れ、ハッとして立ち上がりいらっしゃいませと声をかけようとして、一瞬声が詰まった。
「(か、かっこいい)お、おひとり様ですか?」
「ああ」
 声までかっこいいなんだそれ、耳が孕むかと思った。
 ピシッと着られたスーツがこんなに色気をもつものだと初めて知った。巷で騒がれていたスーツの良さとはこれかと納得しながら、なんとか口を開き席に案内する。どうぞ、とカウンターから離れすぎず近すぎずの席へと案内し、丁寧な造作で鞄を空いた席に置くのから気合で目を逸らしカウンターへと戻る。そこで死角になるのをいいことに用もないのにその場でしゃがみ込み頭を抱えて悶えた。
 や、やばい。むちゃくちゃかっこいい。今まで見た目での好みにハッキリとしたものを持っていなかったが私の好きなタイプはあの人だと断言出来る、本当にかっこいい。
 チャラチャラとした感じは全くないのにデキる男の空気があり、キリリとした目元は周りを拒むかのような鋭さもある。それなのに声を掛けた時の対応は至って一般的で、こちらを嫌煙する素振りもない。しかもあの声である、私の耳妊娠してないだろうか大丈夫だろうか。
 思い切り息を吐いて、静かにカウンターから目元だけ覗かせる。コーヒーミルと豆の入ったボトルの隙間からスーツの上着を脱いでシャツの袖を豪快にまくっている様子が見えてしまって、カウンターにそのまま頭をぶつけた。
 むちゃくちゃ腕引き締まってた、上着一枚脱いだだけであのエロさなんなんだ。思わず鼻を確認したが私の鼻の血管はそのまでヤワではなかったらしい、一安心である。
 顔が赤くなっていないことを祈りながらやっと水の用意をする。男の人なのに加え、長居をする雰囲気があったので少し大きめのグラスを用意し、キンキンに冷やされた水をそこに流し込む。グラスに触れるその冷たさに少し冷静さを取り戻し、トレーにメニューと共にそれを乗せた。
「お冷とメニューになります」
「どうも」
「ッ、お決まりになりましたら声をおかけ下さい」
 どうもっていった、ギャップあり過ぎる勘弁して。自然を振る舞いカウンターに退却しようと背を見せたとき、「あの」といい声で呼び止められて思わず肩が上がり、妙な声が出た。
「ひゃ、い」
「?食事もできると聞いていたんですが…」
 バクバク煩い心臓を隠すようにトレーを抱きながらその言葉を聞いてああ、と自然に相槌を返していた。ランチタイムもすぎたこの時間だと、渡すメニューはドリンクとデザートが載っているものだけになるのだ。そう、現在はフードを注文できない時間、しかも今日は先ほど店長の分も合わせて賄いを作ってしまってメニューにあるもので作れそうなものは無い。生憎時間外だと告げれば見るからに(恐らく私の目にフィルターがかかっている)しゅんとされて、ドリンクのメニューを持ちながらこちらを上目で見上げてくる。何とかしてあげたいと思ってしまうのは当然で。
「メニュー外の物になるのですが……それでも大丈夫ですか」
「いや、それは」
「作ります」
 明らかにパッと明るくなった表情を見て気がつけば食い気味にそう断言していた。

 腹に溜まるものを……と申し訳なさそうに言われお腹がすいているのかと知ってカウンターに戻ってまた暫く悶えた。もうむり、あの人なんなの。悶えつつも材料を確認し、メニューを考えていく。よく店長から同じリクエストを貰うのでざっくりとしたその注文でもなんとか思いつくものはある。あ、玉ねぎある、バケットもある、よし。あの言い方からしてよく食べる人なのだと思い、多めに作ろうと器も大きめで用意しておく。
 玉ねぎを切り、飴色になるまでバターで炒めてそこに水とコンソメ、少しだけニンニクをすりおろしてコトコトと煮る。胡椒ですこし味を調整しながらサラダも用意してしまう。同時にバケットもトーストに突っ込み、軽く焼く。ベーコンがあったので細かく切ってサラダにまぶしてドレッシングを掛けてサラダは完了。器にスープとバケットを入れ、うえにチーズをこれでもかと乗せてオーブンに。あとなにか……と冷蔵庫を開け豚のひき肉を少量発見。ポテトサラダにしようとして余っていたジャガイモもあったのでコロッケにしてしまおうと先ほど余った玉ねぎを刻む。どうせだしソースも作ってしまおうとフライパンにバターケチャップウスターソース醤油を目分量で投入し焦げないように混ぜながらコロッケも揚げ終える。丁度オーブンに放置していたオニオングラタンスープも出来たらしく少しレトロなチンッという音が背後から聞こえた。除いてみればいい感じにチーズがこんがりと焼けていて内心で満足する。木製の小ぶりなまな板をオーブン横に置いてオーブンを開ければジュワジュワと音を立てながら美味しそうな匂いが漂う。そうっと取り出してパセリを乗せて完成だ。タイミングよく温かいまま提供できそうでよかった。
 全てをトレーに乗せて、ハッとする。だ、大丈夫だろうかこれで。作っている間は特に意識していなかったがそう言えばこれを食べるのはあのイケメンだ。そろっと席を見れば眉間に皺を寄せながらなにやら手帳に書き込んでいてキュンとした。眉間の皺があんなにかっこよく見えたの初めて……。違う違う、そうじゃなくて。お客様にこんな賄いもどき本当に出していいんだろうか、いや店長は絶対怒らないのは分かっているし以前も似たようなことをした事はあるが……と大変今更ながらの葛藤を始めてしまうが彼の机の上のグラスがすっかり空なのを見つけてええいままよ!と半ばやけになり料理を運ぶ。
「お待たせいたしました」
 大丈夫かな、嫌いなものとか無いのかな。料理の腕くらいしか取得のない私なので自分好みの相手にいきなり自分の持ちうる最大武器で挑むのが怖かった。なるべく相手の顔を見ないように、けれど店員として失礼はないように注意しながらメニューを簡単に説明し、水のピッチャーまで机に置いてしまう。普段はこうはしないのだが先ほどの水の減りの早さからいってここに置いていってセルフにしておいたほうがこの人にはいいと判断しての事だった。
「簡単なものばかりですけど、あの……」
「簡単?」
「へ?!」
「あ、いえこんなに早くにここまで用意していただけると思っていなかったので……」
 ありがたく頂きます、とうっすらと笑った彼に脳内が沸騰した感覚を覚えた。


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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926