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うまい、どれもこれもうまい。腹が減っている状態で料理は出せないと言われた時は店を出ようかとも思ったがこの店で待ち合わせをしていたのでそうすることも叶わず、どうしようかと思っていた時に店員が怖々と提案してくれた内容には驚きと申し訳なさがあったが、こうして出てきた料理は出来合いのものとは思えない程に完成度が高く、それこそ普段からメニューに出してもいい値段で売れるだろうクオリティのものばかりだった。
日常で野菜をあまり取らずとりあえず肉が食えればいいという考えを持っている俺でも満足するような食べごたえがある。特にこのスープ、肉が入っていないのに相当うまい。久しぶりに熱々のものを口に入れたので自然と箸運びも遅くなったがお陰でじっくりと味わうということができた。自分に不足していた栄養分を補充しているようなそんな感覚までしてきてホッとさせられる。にしても本当に惜しい、普段のメニューにもあるのならまた同じものを頼みたいと思うくらいにはうまいのに。こんなにサクサクしているコロッケなんて初めて喰った気がする、テイクアウトとかはやっていないんだろうか。
自分にしては時間をかけて終えた食事に、普段は得られなかった満足感を覚えながらピッチャーから水を汲む。その時、店のベルがカランと来客を知らせた。この位置からでは入り口は見えなかったが自分の腕時計を確認して待ち合わせにはまだ随分早いことに安心して人知れず安堵した。流石にテーブルがこんな状態で会えない。しかし聞こえてきた声に危うく口に含んでいた水を噴き出しかけた。
「店長、おかえりなさい」
「ただいま、いやあごめんね遅くなって」
まさか、そう思ってカウンターを見ればまさに自分が待ち合わせをしていた待人その人であった。元、自分の教官。
「あ、飛鳥さん!」
「あれ、烏間早くない?」
「ご、ご無沙汰しております!」
慌てて立ち上がり敬礼のポーズをとりかけて、ハッとして頭を下げるだけに留める。とある事件で片脚の神経をやってしまい、日常生活には問題ないが軍人としてはやっていけなくなってしまってあっさりと軍から身を引いたこの人、飛鳥三國さん。自分にとっての教官、教えを乞うた人、先生と言われて思い付く人で一番印象強くそして自身にいい影響を与えてくれた人だ。今回の任務で教員をしていくうちに自分のあり方が正しいのかが分からなくなりこうしてこの人にご助力願おうと連絡させてもらったのだが、まさか待ち合わせ場所の喫茶店で店長をやっているとは思わなかった。
「相変わらず硬いなあ、あ、なに待ちきれなくてなまえちゃんの飯食っちゃった?」
「す、すみません昼を食べ損ねていまして……」
きれいさっぱりなにものっていないテーブルの上の皿を見て申し訳なさから言葉が縮んでいく。しかし元から責めているつもりはなかったらしい飛鳥さんは「美味かったろ〜」と満足気に笑ってくれたので素直に頷き肯定を示した。そしてハッと閃く、ま、まさか。
「飛鳥さんの、奥様でしたか……?」
一、二、三、BGMだけが空間に音をもたらして数秒後、アッハッハと飛鳥さんは豪快に笑った。その笑い方が昔とちっとも変わっていなくて安心させられた。
「烏間!お前も冗談言えるようになるなんて……一皮剥けたなぁ!」
いや、本気で問いかけたのだがという言葉はカウンターの奥で真っ赤になってしまっていた店員をみて喉の奥に押し込んでおいた。
あいつの事だけは言わず、訳あって中学の教員をしていることを告げて相談し、背中を叩かれるような言葉を沢山貰って一息した時、不意に飛鳥さんが綻ぶように笑った。
「でも安心したよ、お前はあんまり自分を顧みない所があったからな…そういう環境にいればお前自身も学べるだろう」
「そう、ですね」
確かに彼等と関わっているうちに自分の在り方を手本として見られているという意識を持った。そのお陰で色々と思い直す部分も多く自身もまだ成長できる見込みがあったのかと思ったのも最近だ。そこまで見抜かれているのかと目の前の人には敵わないなと苦笑すれば、徐に頭をぐしゃぐしゃと掻き回された。
「正直な、今だから言えることなんだが」
「は、はい」
「多く部下を持っていたがお前が一番手がかかって、一番可愛かったよ」
その言葉に心臓が潰れたような痛みが走った。こんな言葉をスルッとくれるものだからこうしていい歳になってもこの人に連絡をしてしまうんだと思う。同時に走るのは罪悪感で、あのとき、あの事件でこの人が俺なんかの事を庇わなければまだ自分の上司として軍に居てくれたのではという身勝手な願いが溢れてしまいそうだったからだ。
「子供にとってお前くらいの歳の大人って絶対的なものに見えるんだよな、だからその分責任感のあるお前は悩むだろうし溜め込むだろう」
「は、い」
「だからまあ、偶にはここに来い」
昔の知り合いで教えたのはお前が初めてだ、そういって頭を解放されたがなんだか顔が挙げられなかった。どうしてこうも心の内側がわかるんだろうか、勿体ないくらいの言葉を惜しげも無くくれるんだろうか。歳をとればこの人のようになれるだろうかと昔は漠然と思っていたけれど今だからわかる、俺では到底この人のようにはなれない。それが悔しいのにどこか誇らしい。
「いい子だろう、なまえちゃん」
「え、ああ…すごく気を使って貰いました」
「ああ見えて栄養士の資格も持ってる、飯は美味い上に用意も早い」
二人で話し始める少し前に店の奥に引っ込んでしまった彼女、まさしくまた気を使ってくれたのだろうと分かり若いのにしっかりしているなと感心してしまう。
「あの子の料理で栄養偏りまくってるだろうお前の食事を少しでも、と思って買出しに行ってる間に腹減ってるお前を気遣って出来合いで美味いもん用意しちゃうし」
そうだったのか、とそれを聞いて申し訳なさがまたぶり返しつつも食生活の堕落具合までバレていて気まずくなる。
「頼めばテイクアウトも用意してくれると思うぞ、今後ご贔屓に」
すっかり胃袋を掴まれてしまっていることまで見透かしてそう面白そうに笑う飛鳥さんに項垂れながら情けなくも、その言葉を聞いて是非お願いしようと即決した。
2017.3.3
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926