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守るべき一般市民を巻き込んだと気がついた時、走馬灯のように顔が過ぎった。しかし潜入捜査官としては助けられるはずもなく、同じく死んだ人間として見つかる訳にはいかない赤井も苦い顔をして電話を鳴らしていたのを横目に、自身も部下に救援を頼むしか出来ず。キュラソーの車と自分の車に立て続けにぶつかり、そして川へと落ちていった車に乗っていた影は恐らく女性だった。それが正確なものになったのは、水族館から撤退する間際、部下から件の女性が昏睡状態だと聞いた時。混乱している今ならば少しは顔を出せるだろうと病院に向かえば、状態が急変したらしい彼女の病室に医者が駆け込んでいく所だった。
初めてみた顔は今にも死んでしまいそうな程に白く、呼吸の様子が伺えなかった。包帯だらけで顔にまで大きなガーゼ、痛々しいのに微塵も苦しさを感じさせない、変化のない表情は背筋をゾッとさせるものがあった。足元が抜けるような恐怖を覚えながらも、部下に連絡を取って彼女の身元を確認させ、祈るように病室の外で項垂れることしかできなかった。その願いが通じたのか、数時間後に峠は越えたと声をかけられ、身内に思われたのか病室に通された。椅子に腰掛け、一命を取り留めた証拠を懸命に目を走らせて探す。上下する胸元、息で曇るマスク、そして僅かに痙攣している瞼をみつけ、思わず身を乗り出していた。慌ててナースコールを推し、退出してしまった医者を呼び戻す。どうか、頼む、なんて祈る神などいないと思っているのにまたそんな風に願って。薄らとその瞳が見えた時、縋るように声をかけていたのは罪の意識が濃かったからだ。
「大丈夫、ですか?」
大丈夫な訳が無い。しかしいざ声をかけようとした時になにも浮かばなかったのだ。間抜けにもこんな状態の女性に大丈夫かなど、それでも戻った意識をどうにか繋いで欲しくて必死だったのだ。なのに、彼女ときたら。
「……そ、み……、い」
途切れ途切れで、ぼんやりとした言葉だったが近くにいた自分には聞き取れるものだった。思わず脱力してしまうような、まるで子供のような言葉だったから、こちらが安心させられてしまった。まさかそんな言葉を、生死をさ迷った人間に言われるとは思ってもいなくて本当に全身から力が抜けたのだ。どんな時でも気を張って、周りを警戒しているのが当たり前だった自分が、本当に久しぶりに気を抜くことをさせられたのだ。
空みたい
随分と、まあ。眠るようにまた瞼を落とした彼女がこの後二週間も目覚めないとは思いもせず、呑気にも少しだけ笑ってしまったのだ。
投稿日:2017/0926
更新日:2017/0926