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 スカイラインGT-Rの修理を終え、うーんと伸びをする。しかもR32GT-R、超絶レアな型で輸出で殆ど国外に出てしまったこのモデルがまだ国内にあったと知って興奮を覚えたのはついこの前である。しかも私が整備出来るなんて、金払わなくてもいいから乗せてほしいというのが本音だが耐えて完璧に整備した。幸せな時間であった。販売当時はボディがデカイだのカーブに弱いなど酷評されたらしいが寧ろ今売られているスポーツカーの中では小柄な方だ。カーブに弱いのはまあ、そうかもしれないがその代りストレートで安定してずっしりと走る。運転のしやすさで言えば抜群だろう、変に癖が無いのがいい、素直な子だ。うっとりして黒い車体を眺め、モーターのメーターの測定まで時間がかかるのをいいことに距離を取って全体を眺める。ううん、素敵。あとは確認作業だけなのでお別れの時間まで堪能するだけである。目の保養、好き。
 なんて十分ほどそうやってスカイラインを眺めていたのだが、ブロロロ、とロータリーエンジンの音が接近してきたことに気が付く。最近では珍しいそのエンジン音なのだが、ここ数が月のうちに既に数回聞いているのはこの仕事のお陰、と言いたいところだが覚えのあるその特徴的なタイヤの音に思いっきり舌打ちが漏れた。いや、車はすべからく好きだし今来たであろう客が持ってきた車も大好きだ。なのだ、が。
「……またか!!」
 絶叫と共に頭を抱える。オイルの付いていた手だがそんなもの気にならないほどに目の前の光景の方が悲惨で悲痛で耐えきれなかった。真っ白く美しい丸みを帯びたボディ、つい先日完璧に仕上げて送り出したというのに、なんで。その姿はフロントガラスに蜘蛛の巣のように罅が走り、正面の部分がクシャリと潰れ、見るも無残な姿と成り果てていた。あんまりな惨さに涙が出てきた。あの、日本が誇るRXが。
「お久しぶりです」
「久しぶりじゃねぇ!なにこれ!なんで!!こんな凄惨な!ああRX!!」
 駆け寄ってこちらに挨拶をしてくる男を押しのけて状態を確認すれば辛うじて中まで変形はしていなかったが歪で助手席側の扉まで形が可笑しくなっていた。ナンバープレートも落としてきたのか前には付いていないしライトは確実に点滅しないだろう。こんな姿になっても走れるなんて、と感動すればいいのかこんな姿にしやがった持ち主のこの男を罵ればいいのか。
 そう、この生産が終了してしまったマツダRX7の持ち主である安室という男は、そんな貴重な車をこれでもかと壊してはここに持ってきて直してくれと言ってくるのだ。それも数年に一度ならまだ、まだわかるがここ数ヶ月で数回である。いい加減にしろと怒鳴るのもしょうがないと思う。久しぶりと言えないくらいの頻度でこの男廃車に近い状態にしてくるんだからいっそ死ねばいいと思う。車が可哀想だ。いくらスポーツカーだからといってこんなになるまで無茶な走りをされれば車も嫌だろう。
「なんでこんないい車をこうも毎度!私に売れよ!!」
「えー、嫌ですよ」
「えーじゃねえよ!いい年したおっさんがキモイ!!」
「僕の年齢覚えてくれているんですね、嬉しいなあ」
「ほんっと毎度話も通じない!!毎回毎回こんなボロボロにして!!もう廃盤だから部品無いって言ってるだろ!売れ!私に!!」
「嫌です」
 勝手に待合室に入っていこうとするので先回りして扉を開ける。腐ってもお客である。ばん、と乱暴に開けた扉を潜ってメンテナンス場にあるスカイラインをチラリと見た安室はへえ、とそれをじろじろと眺めはじめた。こいつにかかればこのヴィンテージ物のスカイラインも一瞬でお釈迦になるのだろうと思えばゾッとしてしまって「見るな壊れる」と背中を押した。



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投稿日:2017/0926
  更新日:2017/0926