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 すぅ、と突き抜けるように春の終わりの匂いが混じった風が吹きあがる。ゆら、と自身のスカートの裾がパタリと脚を叩きプリーツが遊ぶように一瞬広がった。もう随分と温かくなったけれども夏ともいえないそんな季節。季節を四つに分けるなんて無茶だよなあなんて思っているのは私だけなのだろうか、桜が葉桜になり芝生がにょっきりと青を主張し始める今をもう春も終わるね、もうすぐ夏になるねと表現するよりはもう一つくらい季節があってもいい気がする。春終とか。
 そんな春が死に始めた日、中学三年になった日。変わるのは下駄箱の場所と教室、クラスメイトくらいで目新しいものは特にない。この変化を始まりと捉えるのも終わりと捉えるのもきっと人それぞれなんだろうけれども、私にとっては中学最後に使用する下駄箱で教室だと感じたし、その最後に居合せるだけのクラスメイトだった。ここで終わって、ここで最後、中学生の私はこの場所で完結する。彼の偉人だって「生まれたその日から死は歩みを始めた、急ぐことなく僕の方に向かっている」なんて言葉を残している。始まりとは終りの序章に過ぎないのだと、そう死の間際に綴っているのだ。その通りだと思う。
 そんな風に捉える私は捻くれているのだと、そう評価される人格なのだと思う。自覚があるだけまだましだ、とも思っているから正直こういった考え方を変える必要性を感じていない。割り切って、何事にも終わりがあると分かりながら生きている。極論を言えばどうせ死ぬのにである。いや流石にここまで冷めてはいないつもりでいるが、要はなにかにつけて私は終わりを意識しがちであるのだ。自分の将来に関しても、人間関係においても。世間一般で言うやる気の欠如した若者というものにカテゴライズされるんだろうか。だからそれこそ学校での友人関係においてもそれなりに適当にやり過ごしていたのだ、面倒なのは嫌なので悪目立ちはしないように、けれどある境界線からは誰も内側に入れようとしなかった。だって、どうせ卒業するし。そんな事を本気で思っていた。周りからはドライだよね、くらいの評価だと思っているしかねがね正解だと思う。
 そんな最後の教室、まだ誰も来ていないだろうなんて油断していたのが不味かった。ガラリと扉をスライドさせて、ちょっとだけ埃の溜まっているサッシを跨いで一歩。
「……あ」
「あ?」
 しっかりと目が合って数秒。ぶわりと、しかし無音で頭の中を吹き上がったそれは恐らく、私のスカートを揺らしたあの風に似た速度で脳内を過ぎていった。たったそれだけで十分すぎて、慌てて目を反らしてもとっくに遅かった。ああ、やってしまった。
 良くも悪くも有名人である爆豪勝己君。そのせいでフルネームを当たり前の様に知っていたのがネックになってしまった。
 当たり前だが挨拶を交わす様な仲ではない。自然と反らされた視線、綺麗に無視されたのをいいことに一先ず落ち着くためにそのまま踵を返して廊下へ戻りぴったりと扉を閉めた。


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投稿日:2017/1028
  更新日:2017/1028