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降谷零にはいくつかのスイッチがある。人格を切り替えるスイッチ、思考を丸ごとすげ替えるスイッチ。そのスイッチの切り替えは刹那で、ともすればその切り替えの瞬間に立ち会うことすら常ならばないのだと言うのは先輩のお言葉である。同じ部署とはいえ直属ではない上司、加えて潜入捜査官であれば当たり前だがその仕事内容も知らなかった私は初めて彼に会ったときに「ああこういう方なのか」とお叱りを受けながらその人格をインプットした(因みに怒られたのは私の扱っていたヤマが彼の潜入先にぶつかっていたからだった、知るはずもないのにあんなに怒ることないと思った)。言葉の選び方、瞬きのタイミングなど仕事の会話で得られる限られた情報をしっかりと把握した、のだ。しかしだ、次に彼に偶然会ったときその情報が何一つとして合致しなかった。姿形はそのまま降谷さんであったのに中身がまるで別物だった。ハードウェアはそのまま別のソフトウェアを起動させたかのようなそれを目にして風見さんが言っていたスイッチとはこれかと呆然とした。奇しくもその偶然の鉢合わせは彼の潜入先であったらしいカフェに私が行ってしまうというなんとも間抜けで不運な事故だったことに加算して、またまた偶然彼が一人で他のお客もいなかったためにその場でまた怒られたのだ。そうは言っても潜入先、念の為なのか彼は演じながら私を叱咤した。同じく仕事のことに関して怒られた、内容は前回と変わらず向けられる感情も同じはずなのに前回の叱咤とは全くの別物。言葉の選び方、話の運び方、瞬きのタイミング、口の動かし方、目を合わせる時間間隔、口角の上がり具合。上げればキリがなかったが本当に同じ人物なのかと疑う程に彼は「完璧」だった。
アナログで扱われる情報収集とその操作。普段から私がやっているそれの為に誰よりも人を見る目を肥やしていたはずだった。相手の心情がどう現れるかを見極めるには必須の能力で自身でもそれなりに使える能力だと自負していた。嘘をついているのか、焦っているのか、気分がいいのか、部署の中で私がその能力に1番長けているとそう自惚れていたのだ。それが粉々に砕かれた瞬間。前回とは違う柔らかい笑顔を見上げながら、しかしこのままではいてたまるかと私は決意を新たにした。ただただ悔しく、プライドが許さなかったからこそ奮い立ち「気をつけてくださいね」とコーヒーを差し出してくる彼に静かに頷きながらこの人が苦手だとそうこっそりと思った。
投稿日:2017/1108
更新日:2017/1108