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「なあみょうじ」
「なんですか風見さん」
「なんでお前に降谷さんから連絡が入るんだ」
「私に聞かないでください」
携帯片手に目頭をグイグイ押し付けながらふらふら近寄ってきた風見さんに降谷さんの伝言を伝えれば案の定苦痛そうな顔になったが私の方がその顔をしたい。知らぬ間に誰かに聞いたのか意味の無い羅列のメールアドレスから仕事用(情報収集用のもので公安支給のものとは別である)の端末に連絡が入った。怪しく思って開かずにいたのだが続けて何件も来るので嫌々開けば風見さんへの伝言が綴られていたので本人に見せれば「降谷さんだ」とメールの内容と思わしき仕事に入ってしまった。いや疑問に思ってと思わなくもなかったが忙しなくパソコンを叩く風見さんが徹夜続きなのは分かっていたので放置。しかしそれが続けば流石に風見さんも看過できなかったらしく遂に私に聞いてきた。いや聞く相手違う、降谷さんに聞いてほしい。私の立場にもなってほしいものだ。毎度メールを開かず風見さんに仕事の要である端末を見せに行くのもなかなかにストレスだ。もっとストレートにいうと巫山戯るな降谷であるが腐っても上司、言えるわけもなく風見さんに八つ当たりするしかできなかった。何を考えているのだとイライラはするが送られてくるメールに返信することはできない、してみろ、また怒られるのが目に見えている。相手は潜入捜査官なのだ、おいそれと連絡など取っていいわけがない。しかしそんなイレギュラーはあれど日常は回る。情報収集のため外に出ている時は不思議と降谷さんからの連絡はないので気兼ねなく端末は部署に置いていき、欲しい情報が得られそうな場所に足を運ぶ。潜入捜査とまでは行かないが公安が用意している水商売の店で接客をすることも多くあり、まさしく今日はそこでの仕事だった。正直演技はあまり得意ではないのでこの手の聞き込みは不得手だ。しかし何分効率がよく相手に酒を飲ませられる場であることもあり比較的楽に情報が集められた。特に店で働いている女性陣、一般人である彼女等だが常時店にいることもあり恐ろしいほど色々と知っている。それをポーンと世間話の延長で勝手に話してくれるから本当に感謝している。火のない場所に煙は立たない、噂程度のそれでもいい。それが嘘か誠か調べるのも私の仕事だ。気合を入れて化粧を施しさあやるぞと店に出た。
しかし、しかしだ、これはあんまりだと思う。
「笑顔が固いですね、緊張してるんですか?」
「あ、はは……お兄さんカッコいいので」
ニッコリと嫌味なほど綺麗な笑顔を浮かべて隣に座るのは降谷零その人である。もう一度言おう降谷零である。何でいるとぎょっとし、自己紹介で戸惑い、それが落ち着いて苛立ちが出てしまいのトリプルコンボ。それら全てを指摘され笑顔のまま説教された。それを店の雰囲気に溶け込ませてしてくるものだからタチが悪い、なんだこの人。お兄さんというかオジサンと言ってやろうかちょっと迷ったのはここだけの話だ。
「まあ、前振りはいいとして」
ふう、とため息をついて背もたれに寄りかかった降谷さんが途端に声のトーンを変えた。またしてもぎょっとしそうになったが先程言われたばかりだったこともあり内心に押し込んで驚きを隠し込むことに成功する。まさしく、スイッチの切り替え。その瞬間に遭遇したのだと理解したのはすぐでいくらうちで回している店だからといって危険なのではとそっと周囲を確認したが見事に隣接したテーブルに人がいなかった。抜かりない。
こんな場所まできて何の話だ、と身構えていればなんてことはない。私が調べていた内容を知りたかったらしくその詳細を聞かれた。そんなもの風見さん伝に聞けばいいもののと思わなくもなかったが回線を通したくなかったのだと先んじて言われたため顔に出ていたのかと悔しくなった。端的に報告しながら、カラになったグラスにウイスキーをドボドボと注ぐ。ザルだという話は聞いていたので容赦はしない。
「なるほど……にしても」
ちら、と横目にこちらを見てきた降谷さんに貼り付けた笑みで応戦する。なんですか?と問えば背を預けていたソファーから身体を離しながら一つ、鼻で笑った。……は?
「本当に下手だな、向いてないよお前」
「は?」
遂に耐えきれないとばかりにくつくつと笑い出した降谷さんに呆気に取られる。へた?むいてない?珍しく要領を得ない言い回しだったので反応におくれたがそれが仕事に対してのことだと気がついた途端腹の底からドッと怒りが吹き上がってくるような感覚を覚えた。それをぐっと耐えてじろりと睨みつければ更に身体を震わせ始める。
「思っていた以上に大根だ、そんなんでよく今までやってこれたな」
「……なにを言いたいんですか」
「『その程度』な俺に言われるんだからよっぽどだぞ」
ふん、と勝気に笑う降谷さんのその言葉はまさしくあの時私が言い捨てたそれだった。時間を経て跳ね返ってきた言葉はグサリと私の自尊心に突き刺さりまたしてもそれを砕く。着慣れない派手なドレス、高すぎるピンヒールがとても恥ずかしいものに思えて脱ぎ捨てたい衝動に駆られる。だって本当の事だった、苦手だと通じるはずもない言い訳で演技に磨きをかけなかったのは私自身だ。俯きそうになる顔を、隣からの視線を感じることで留めふつふつと湧いてくる悔しさのまま震える息をそっと吐き出す。
「……今度会う時にはそう言わせません」
「へぇ、教えてやろうか」
「結構です」
「それは残念です」
完璧に切り替えて見せるそれはもはや嫌がらせでしかなかった。なんだこの人、なんなんだこの人!めちゃくちゃ子供っぽい負けず嫌いじゃないか。こんなに大人気ない上司初めてだ、本当になんなんだ。
用は済んだとばかりにボーイに荷物を頼み会計まで済ませた降谷さんは見送りのために立ち上がって隣にいた私に視線を合わせるように背中を丸めた。
「みょうじ」
「まだなにか」
「俺は逆境で燃えるタイプだ、覚悟しておけ」
「は?」
するりと一つ頬を撫でられポカンとしているうちに完璧な笑顔のまま降谷さんは帰っていった。翌日降谷さんのチームに配属にされていた私の心境たるや、筆舌に尽くし難い。
2017.11.08
投稿日:2017/1108
更新日:2017/1108