1
『週末の試合見にそっちに行くね』
その文面を見て、思わず声が漏れた。何度見ても青白い画面に浮かぶ文字列は変化せず「行くね」という文字がやけに浮いて見える。行くね、行くってどこにだ、ここにか……。そうだよね文面的にそっちってこっちのことだよねと少々混乱しながらも考え、このメッセージを送ってきた相手が間違いなく自分の姉であることを確認し、ついに驚きが追いついてもう一度声が漏れた。え。
「どうした春っち」
「……ちょっと兄貴の所いってくる」
「お〜」
一軍入りを果たしたことを連絡したのは自分からだった。合宿前にそう報告をし、練習試合があることも確かに伝えた。しかしまさか来てくれるとは思っていなくて、頑張れくらいの応援の言葉を貰って終わりだろう、そう思っていた。そもそも連絡をしたのも半ば義務感と言うか、そんな心持だったのだからこんな返信が来るとは思わず、合宿中は碌に携帯を見ていなかった。そんな余裕がなかったというのもあるが。
姉がこちらに来るという週末はまさしく今日。大阪桐生は午前中に終わっていたがその後練習を合同で行った為、既に時刻は夕方。普段の練習よりは早めに切り上げられていたが実家は神奈川、そこからここまで片道でも結構な時間がかかる。もう帰ってしまっただろうかと不安が過るもせっかく来てくれていただろうに会うこともせず帰してしまうのは流石に申し訳ないと思うのは当然だった。ここに入学する前は毎日顔を合わせていた姉だ、ちょっとでも顔を見たい気もする。
片付けの前に携帯を確認して本当に良かったと心底思った。重たい体を引きずって三年がかたまっている所まで駆け寄り、声をかけようとしてその前にキャプテンがこちらに気が付き兄の肩を叩いてこちらの存在を教えてくれた。
「ん?なに春市」
「その、今日姉ちゃん来てたみたいで……」
「……は?まじで?」
「亮介お前姉貴いんの?」
「妹だよ」
反応した純さんに一言だけ告げてこちらに来てくれた兄もどうやら同じ気持ちらしく、モヤモヤした顔でで?と続きを催促してくる。あらましを告げると携帯を見せろと言われたので大人しく渡せば、少し確認した後あからさまにため息を付いて肩を落とし突っ返すように携帯を返された。
「しょうがないよそれ、お前ちゃんと受信時間視ろ今朝じゃん来てるの」
「え、うわほんとだ」
気が付かなかったわけではなくどうやら今朝送られてきていたらしい。それに少しホッとしたが文面に週末の、なんて綴られていれば勘違いしてもしょうがないと思う。今日行くねって書けよと思ったしなんならもっと早くに連絡してくれよとも思った。こういう所は兄に似てるよなと思ったが口に出したら面倒な事になるのは分かりきっていたので心の中で留めた。
「とりあえずお前は電話して引き留めな」
「……帰んないでくれるかな」
「お前が言えば帰らないんじゃない?」
「兄貴が言った方が良いと思うけど」
仲が悪いという訳でも無く、特別仲がいいという訳でも無い。けれど俺たちの間に挟まれた姉は、確かに俺たちのために多くを我慢してくれていた。野球とは兎角お金のかかる競技である。それを上と下の兄弟両方が寮に入ってまで全力でやるとなればそれなりに学費もかかる。別に家が貧乏と言う訳ではない。けれど姉が勉強を頑張って特待生を取り学費免除で自宅から通学可能な進学校に入学した時、それなりに親はホッとしていた。翌年俺が兄を追って青道に進みたいと言った時になんの障害もなく、快く送り出してもらえた時にやっと姉が勉強を頑張っている理由を知った気がした。女子にしては足は速いし、運動神経自体悪くない。背は俺以上に低いが、それでも部活に入らないのがもったいないと思ってしまうくらいには運動のセンスがあるのを俺は知っていた。本人にそのつもりはないのかもしれないが、なんの部活にも入らずにアルバイトまで始めているのを見れば、自分の事を後回しにしてくれるくらいに俺たちの野球を応援してくれているのだと、そんな風に考えていた。
それはきっと兄も気が付いていることで、俺にはきつく当たることがあっても姉に対しては甘い部分がそれを証明していた。兄に自覚はないだろうがこの人は若干のシスコンである。
「妹が来てるのか」
「そうみたい」
「眼鏡をかけた小柄な子か」
「……なんで哲がしってんの」
「話したことはないが、亮介に似ていたし試合の度に来ていたら覚える」
「は……?」
「それに差し入れも貰ってるはずだ」
「は??」
「怖ぇよお前その顔……」
衝撃の事実である。兄弟そろって茫然としていた時に遠くの方で栄純君が「すいまっせん!!」と大声で叫んでいるのがぼんやりと聞こえた。
投稿日:2018/0221
更新日:2018/0221