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 降谷と競うようにして片づけをしたのが悪かった。ボールの入った籠をガタガタと運んでいた時に弾みで転がった一球のそれ。慌てて籠を置き、コロコロと転がっていくボールを追いかけていた時に、前を見なかった。何かに当たった程度の衝撃。しかしぶつかったそれにはそうではなかったらしく軽くふっ飛ばしてしまったらしい。それが小柄な女子だと気が付いてギョッとし、ほっそりとした白い脚を思わずガン見してしまったことを踏まえて大声で心から謝罪した。俺がぶつかったことで転がったその子は慌ててスカートの裾を下げて顔を赤らめながら「ごめんなさい」と体を起こしながら謝ってきた。俺だって男だ、でも本当にごめんなさい。
 柔らかそうな髪が転んだことによって乱れているせいで目元が良く見えない。立ち上がらせようと手を伸ばせば少し戸惑うようにした後、それでもそっと手を取ってくれた。ちっせ、手ちっせ!!これは吹っ飛んでもしょうがないと納得してしまった。ぐい、と引けば軽い体が撥ねるようにして立ち上がり、力加減を間違えたとまた慌てる。
「なにしてるの」
「ぶ、ぶつかっちまったんだよ……!ほんとすんません!怪我とかねーですか!?」
「だ、だいじょ」
「その人の眼鏡じゃないこれ」
 後ろからとたとたとやってきた降谷が指を指す先。見れば確かに眼鏡が転がっていて、明らかに片方のレンズに罅が入っていた。罅。
「あ、あ“あぁ〜!!す、すんませんマジで……!!お、おれ!これ!!」
 壊してしまった。そのことで頭が真っ白になってしまい掴んだままだった手をギュッと握ったまま頭をこれでもかと思い切り下げる。女の子を転ばせた挙句眼鏡まで壊してしまった、申し開きもないほどにやらかした。「大丈夫ですから、あの」と近い位置で声がしたが、そうはいっても引き下がっていいものかと弁償しますと地面に向かって叫び、ばっと顔を上げれば思っていた数倍近い位置に丸くて大きい目が合って少し驚いた。あ、睫毛長い。
「なぁにしてんの」
「いで!」
 ぐい、と首元を引っ張られたたらを踏むように後ろにのけ反る。逆さまの世界にニッコリと、それはもうニッコリと嫌な顔で笑う御幸一也がいてその凄みのある笑みにヒッと喉が鳴った。「ナンパかさぁむらぁ〜」と倉持先輩の声も聞こえる。
「ナンパじゃねえ!!」
「じゃあ手を離そうな手を」
「あ、すんません!!」
 ずっと握ったままだった手を離せば細すぎる指先が薄らと赤くなっていて余計に申し訳なくなった。何度も幼馴染みに言われていた「馬鹿力!」という怒声が聞こえた気がした。ぱっと首元を解放されたのでそのままの勢いで地面に膝をつき土下座をすると慌てて止められた、いい人だこの人…そんな人の眼鏡を壊すなどなんてことをしてしまったんだとまた落ち込んだ。どうせなら御幸一也の眼鏡をぶっ壊したかった。そんなことをしている間に降谷が状況を説明したらしい。
「うちの馬鹿がすみません」
「いや、私も不注意だったので……」
「怪我は?」
「私は全く」
「眼鏡は……あ〜、これかけて歩くのは危ねーな……結構度もきついみたいだし裸眼で帰れます?」
「送ります送らせてください!!」
「もうちょっと黙ってようなおバカは」
 勢いよく挙手すればすかさずその手を握られ下げられた。左手じゃなかったら叩かれていそうな勢いだった。後ろでは降谷が倉持先輩に怒られていた。そもそも競争するなという内容でどうやらそこまで話したらしい。あいつ馬鹿だと思ったがそのせいで人様に迷惑をかけたことは間違いないので後で俺も部屋で怒ってもらおうと反省した。
「本当に大丈夫なので、君も立って?ね?」
 目の前に差し出されたのは先ほどまで握りこんでいた細くて小さくて白い手だ。それを辿ると少し困ったように眉を下げて苦笑するその人が、中腰になりながら手を差し出してくれていて、なんだか泣けてきた。「二人とも今日頑張ってたのでそんなに怒らないで上げてください」なんて続けられてしまって、つい両手で拝むようにその手を挟み崇めるほかなかった。仏である。えぐえぐ言いながら立ち上がりもう一度頭を下げてしっかりと謝罪する。降谷もしょぼんとした声で俺の謝罪に続いていたので奴なりに反省しているらしい。
「ご自宅まで全力で送らせてくだせえ……」
「明日も練習でしょ?ちゃんと休まないと……」
 何度も気にしないでと笑うので御幸もこの人の前では俺を怒れないようで嫌に静かである。しかし何とかしてお詫びしたいという気持ちは伝わったの「じゃあ」と肯定的な言葉がやっと出たのでがばりと顔を上げる。「だからお前近いんだって」と御幸にデコを結構な力で叩かれたが、その時にやっとあれ、この人どっかで見たことある気がすると薄らと脳裏で記憶を掠った。
「これから沢山活躍してください」
「……」
 ふわりと優しく微笑まれてその優しすぎる頼みを聞いて、一瞬フラシュバックのように少し前の一年生対上級生の試合を思い出した。「二人で一点取ろう!」そう朗らかに笑ったあの顔が目の前の人のそれと少し重なった気がした。
「あの、春っちのお姉さんだったりします?」
「……すごいね君、よくわかったね……」
 野生の勘だろこれ、と倉持先輩がこの時の俺の発言に対して気持ち悪さを覚えたという事を聞いて激怒するのはこの日の夜の事になる。


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投稿日:2018/0221
  更新日:2018/0221