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 肯定の言葉を聞いた途端ダッシュで駆け出した倉持を見送りながら、さてどうしたもんかと手に持ったままだった彼女の眼鏡を指先で遊ばせる。言われてみれば小湊家の遺伝しか感じられない小柄な背丈に可愛らしい顔立ち。似てる、うん。しかし弟よりも背の低い彼女を正確に自分よりも年上だと察知する嗅覚というか、沢村の妙な鋭さには呆気にとられた。並んでいれば間違いなく俺でも身内だろうと分かっただろうがよく今のやり取りで気が付いたものだ。実際この人の口からは一度も兄弟を匂わせる発言はなかった。
「えーっと、小湊さん……因みにお年は」
「高二です、私あの二人の間です」
「まじか」
 年子なのか。つーか亮さんの妹が同い年か。うわあなんかすげえ。しかしこう見ればあの二人も確かに男なんだなと変な感動を覚えてしまった。女装させたらナンバーワンと名高い亮さんも、それ以上に女子っぽい弟よりも圧倒的に女の子である。肩幅とか骨格が細い、折りそう、いっそこわい。
「あ〜、面倒だから二人には私の事内緒に、って思ったんですけどもしかして呼びに行っちゃいました……?」
「え、まずかった?」
「いや面倒なだけで…絶対面倒だ…うわあ…」
「ふーん、面倒だから今まで俺に黙ってたってわけ?いい度胸してるねなまえ」
「あちゃあ……」
 肩で息をしながらぐい、とその細い肩を些か乱暴に引いたのは亮さんでその後ろには弟も控えていた。なまえと呼ばれた彼女は「お正月ぶり……」と引きつった笑みを浮かべながら兄に振り返った。途端、亮さんと弟の顔から表情がスッと落ちた。それはもう見事なまでにシンクロしていて、綺麗なくらいに兄からは笑みが、弟からは疲れたような呆れたような苦笑が抜け落ちた。下手なホラーよりめっちゃこわいリアルを体感した瞬間でもあった。
「どうしたの、眼鏡」
「不注意で落としちゃって」
「不注意?姉ちゃんが?転んだの?怪我は?」
「ない、ないってばちょっと春、汚れるからやめて」
 ぺたぺたと姉の体を触りはじめた弟。腕を持ち上げたり体を反転させたりしてそれを手伝う兄。なんだこの光景と一瞬意識が飛びかけたが手に持っていたままの眼鏡の存在と、沢村の事を説明しなかったらしい倉持に、状況を把握しきれていないんだろうことに気が付いて口を開こうとしたがその前に妹さんの手刀が思い切り二人の頭に落ちるのが先だった。すこん、すこんと軽い音を立てたそれはよく亮さんが繰り出すチョップの何倍もへなちょこだったがまさしくそれと同じものだった。
「いい加減にして、大丈夫だし私が勝手に転んだだけなのに大げさにしないで」
「……というかなんで栄純君と降谷君?」
「助けてくれた」
「え、いや俺は」
「助けてくれた、ね」
「う、うす……」
 にっこり。亮さんそっくりの口角の上がった笑みで黙殺された沢村はこれでもかと言うくらい小さい声で肯定した。うん、間違いなく亮さんの妹である。そんでもって男二人はかなりのカホゴって奴だ。これは面倒だと評したくなるわけだ。
「そんなことよりも、二人とも一軍なんでしょ?おめでと」
「……うん」
「はぁ〜…誤魔化されてあげようしょうがないから」
 似ていると思った途端、二人とは全く違う柔らかく優しい笑み。心底嬉しそうなその笑顔を弾むような声に堪らないとばかりに声を上げた亮さんと、顔を赤くした弟を見て、まあこれはシスコン拗らせてもしょうがないだろうなと薄ら納得してしまった。あんな風に掛値なしに喜びを前面に出して応援をしてくれる子が可愛くない訳がない。
 この後実家が神奈川でそこまで裸眼で帰ることが困難であろう妹に、眼鏡の度が近かったらしい俺の眼鏡を貸すことになるとはマジで思っていなかったし、俺の視力が姉のものと近いから把握していたという弟の拗らせ具合に背筋がゾッとしたのは余談である。


2018.2.21


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投稿日:2018/0221
  更新日:2018/0221