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 子どもが嫌いだ。
 無遠慮なところも、自分が楽しければ周りの迷惑を考えられないような視野の狭さも、無邪気であればすべて許されると思っている神様のような身勝手さも何もかもが嫌いだ。
 大人が嫌いだ。
 理屈でねじ伏せ大多数の意見に流され、角が立たない様に無難に過ごそうとする狡い根性が、本心を裏に隠して見えないところで暴言を吐き出す陰湿さが、何もかも嫌いだ。
「調子乗ってんなよ一年の癖に!」
 特に、心のどこかで自分が悪いことをしていると自覚して隠れて陰険な事をするような、大人と子供の中間にいるような、中途半端なそれが大嫌いだ。帰宅途中で聞こえてきたのは少年の高い声。複数名のそれを最初は聞き取ることが出来なかったがなにやら不穏な単語がちらほらと耳に届き足を向けてみれば案の定、野球のユニフォームを纏った少年たちが高架下で集団リンチを行っていたのを発見した。しかも五対一で、一方的にやられている子の体が一番小さい。なんて胸糞悪い光景だろうとため息が漏れた。スポーツマンがこんなことをしていいと思っているんだろうか、思っていないからこそこうして人目を避けているんだろうけれどその腐った根性でスポーツをやるなと心底思う。スポーツマン以前に人間としてダメだろう。
 そんな嫌な光景をなんとなしに眺めていると、やられている子が一切手を出さないことに気が付く。本当に一方的にサンドバックにされていて、なんだか見ていられなくなった。
「ねえ、君たちすぐそこの少年団?の子だよね」
「!」
「やっべ行くぞ」
 こっちにまで手を出してくるほど馬鹿ではなかったらしい。慌てて荷物を担いで逃げていく彼らの背中のなんと情けないことか。見られたらやべえ、そういう意識があるにもかかわらずこういうことをするんだから本当にこういう年頃の人間は嫌いだ。大きく溜息をついて手入れのされていない雑草の生い茂る土手を下り、ポカンとしたまま腰を付いているサンドバック少年の前まで歩く。泣かれたらめんどくさいなぁ、そんな最低な事を考えていた私は決して褒められるような人種ではないがこんなちびっ子を囲って暴力を振るう連中よりはましだと思いたい。予想に反して少年は泣いていなかった。涙の痕すらなかったものだからちょっとだけ感心してしまったほどである。
「ちっこいのに強いじゃん」
「な!ば、馬鹿にしてんのか!」
 なんでだ。誉めたじゃんわたし。コンクリートのドームの下。橋の下独特の反響に少し顔を顰めながら鞄の中からハンカチとミネラルウォーターを取り出してしゃがみ込む。長袖長ズボンなので見えないところがどうなっているかは分からないがそこまで面倒を見るほど重症ではないようだし、目立つところにある顔の擦り傷と同じく顔に付いた泥だけ拭ってやればいいかとカチリと蓋を開ける。
「……ねーちゃん藤波の生徒?」
「そうだけど」
「父さんの母校なんだ、そこ」
 めっちゃどうでもいいと思ったがそれを口にするほど私は子供ではない。大人と子供の中間をゆらゆらさせられる高校生と言う立場は本当に鬱陶しくて、なにより中途半端な自分を嫌うには十分な生活を送らされている。ペラペラと話し続ける少年を無視し、かけていた眼鏡を勝手に外し、濡らしたハンカチで顔を拭って綺麗にしていく。残念ながら絆創膏を持っているほど女子力はない。家この辺?ここ通学路?中学何処だったのと延々と問いかけてくる言葉を全てシカトしてもニコニコと口を止めないメンタルの強さ。まじで余計な事したなと自分の偽善心に嫌気を覚えながら中身がまだ多く残っているペットボトルとハンカチを押し付けて立ち上がった。
「名前!名前だけでも!」
 ませてんなぁなんだこの子。
 ついでにシャツの袖で土の付いた眼鏡をふいてやり、押し付けるようにかけてやって立ち上がる。
「詳しくは知らないし知りたくもないけど、そんなボコボコにされる前に誰かに助けくらい求めないと、親御さんに心配かけるよ」
 キャップの鍔をぺシンと叩けば、かけた眼鏡が鼻までずり下がったのがなんだか面白くて少し笑ってしまった。


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投稿日:2018/0222
  更新日:2018/0222