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 研修で配属された病院は学校と連携している大きな病院だった。しかし同期はみな実家近くなのにも関わらず私だけ病院に住み込みである。それだけ期待してもらっているんだろうと勝手に前向きに受け止めたが、それなりにプレッシャーも大きい。自分一人で仕事を任されることはまずないと思っていたのに、「いけるやろ〜」なんて軽いノリで仕事を任されてしまっているのが主な原因だが。今もまさにそれで、手の空いている人(休憩中の看護師はいる)がいないからと急患できた怪我人を軽く見てくれと無茶ぶりされた次第である。受付からの内線で聞いたところどうやら大会中に怪我をしたとかなんとか。曖昧なのはそのあたりの詳細を私がきちんときき、先生に引き継げという事なんだろうけれど。
「お待たせしました、どうされました?」
「脇腹の怪我を我慢してたらしくて……」
 付き添いと思われるユニフォーム姿の二人に支えられ、体を慎重に動かしながらこちらを見上げてきた彼が患者らしい。ついさっきまでそこで野球してましたと言わんばかりの汚れ具合と汗の量。怪我を我慢ねぇと思いながら一先ず汗を拭いてもらおうと持ってきていたタオルを渡し、引率者と思われる男性に必要事項を書いてもらうようにと記入用紙をお願いした。
「我慢ねぇ……ダメですよ、周りにヘルプの一つも出せないようじゃ」
「おい御幸、どないした固まって、そんなに痛いんか」
「……おねーさん、藤波の生徒だった?」
「は?」
 何だ急に、その場にいた全員の心がそろったと思う。脇腹と言っていたが頭もぶつけんたんだろうかと一瞬失礼な事を思ってしまったが、言われた言葉を一巡してから考えた時、どうやら母校の高校の事を聞かれたらしいことに気が付いた。藤崎浪内高校、略して藤波。なんで知っているんだと彼の顔を見れば茫然としたような顔をしていて、まあどっかで見かけられたんだろうなと流すことを選んだ。知り合いに男子高校生の子はいない。
「まあそうですけど、簡単に問診しますね」
「あれスルー?嘘でしょ感動の再会は?」
「痛みはいつからですか?」
「……昨日試合中にぶつかってからです、おねーさんの名前は?」
「衝突ですか……どんなふうに痛みます?動かなくても痛いですか?」
「あれ無視?動かさなければ痛くねーです……心は痛い……」
「ちょっと動かしますね」
「え、あ、まって俺今汗臭い絶対キャー!エッチ!」
「御幸、俺にけっ飛ばされるかゾノにぶん殴られるか選ばせてやろうか」
「ごめんちゃい」
 若いな高校生と思いながらゆっくりと腕を上げていけば一瞬ピクリと眉が寄った。多分斜腹筋あたりだと思うが……昨日怪我をして今日どれだけ動いたのかは分からないが骨に異常はないだろう。断裂でもなさそうだが伸ばしたか、肉離れか……多くに積もって一月は安静にした方がよさそうな痛がり方だ。それらをざっとカルテの下部に走り書きし、引率者の男性から記入用紙を受け取る。一緒に来ている二人の様子から恐らく本当についさっきまで動いていたんだと思う。取りあえずは血流が良くなっているせいで痛みが出てくる可能性も無きにしも非ずだしアイシング持ってくるか。多分この子アドレナリン出て痛み感じてないだけだろうし。掴んだ腕は薄らと熱を持っていたし炎症を起こしていても可笑しくない。他に症状はないかと一瞥し、唇がやけに乾燥しているのを見つけて飲み物出してあげるか、と立ち上がる。四人分ね四人分。
「少し待っていてくださいね」
「え、え、まっ!いて!!」
 くい、と白衣を引っ張られたと思ったらどうやら怪我をしている側の手で掴んだらしい。ギョッとして座っている彼の正面に座り込み、脇を抑えながら俯いている顔を覗き込むようにして声をかけた。何してるんだほんとにこの子。
「ちょっと……なにしてるんですか危ないですよ」
「あでで……やっとちゃんとこっち見た」
 膝に置いていた手首を掬い上げるように掴まれ、大きく熱のある手の平にキュッと引かれる。四角いフレームの奥には痛みで細められて少し熱っぽい瞳。発熱してんのか、体温計も持って来ないとなあなんて考えていたらスパァン!となかなかいい音を立てて彼の頭が引っぱたかれた。いや彼怪我人と思わず怒りそうになったがそれ以上に鬼のような形相をした彼のチームメイトを見てしまって口を噤んだ。まあ、そうだよね心配してここまでついて来たんだろうし、そんな怪我人がこんな場所でナンパのような子としてればそりゃそんな顔になるわとちょっと同情を覚えた。というかずっと考えないようにしてたけどナンパ?ナンパでいいのこれ、随分下手だけど。
「くらもち……おれけがにん……」
「おう、頭の薬貰って来い」
「ちげーんだって、この人知ってるの、餓鬼の時に会ってんの……!」
 お、手が解放された。スッと立ち上がり、引率者の方から紙を受け取り御礼を告げる。滅茶苦茶顔を青くして謝罪されたがこちとらセクハラジジイどもを日々相手にしているのだ、そこまで気にしていない。記入された情報をざっと確認したが青道高校……なんかニュースで聞いたことあるようなないようなというレベルだったし彼の名前に見覚えもなかった。すぐそばに球場あるし確か今大会中だった、はず。入院してる田中さんがそんなこと言っていた気がする。
「えーっと、『御幸くん』」
「!あ、え、あ」
「安静にしてください」
「……ぅああぁ」
 妙な音を出しながら大人しくなった彼にもうこちらを引き留める気力はないだろうと判断し踵を返す。「お前コミュ障かよ」と辛らつな言葉が聞こえてきてちょっと笑えた。
 まさかこの後先生から私の名前と所属大学の事を聞き出し近いうちに再会することになるとはこの時は本当に思っていなかったし、個人情報をそんなに簡単にリークするなよと緩すぎる先生の口に本気で呆れることになるとも思わなかった。
 やっぱり大人も子供も、私は好きになれそうにない。


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投稿日:2018/0222
  更新日:2018/0222