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「泣いてないで、説明しろって」
自然ときつい言葉が出てしまった。ぼろぼろ、ぽろぽろ。春市もぐすぐすと静かに泣くが、こいつは春市以上に音もなく泣く。知らないところでこうやって泣かれるのが嫌で、試合に負けるたびにこいつの顔を確認していた頃が懐かしい。泣き止もうとしているのか深く息をしようとして、その息が可哀想なくらいに震えていて眉を寄せてしまう。去年もこうだったんだろうか。一昨年はベンチ入りしていなかったので流石にないと思うが、もしかしたら去年もこうして一人で泣いていたのかもしれない。なまえは春市の前では、強がってあまり泣かなかったから。一度ぎゅ、と目を瞑り涙を一掃した瞳がしっかりと此方を捉える。あのね、と話しにくそうに、けれど目を反らすことはなく発せられた声はやはり震えてはいない。本当に泣くのが下手くそだなと薄らと思った。
「最後、春市に代わった」
「……おまえ」
誰も突っ込まなかったことを。言いたいことはズバッという性格がなんで今日に限って出てしまったんだろうと思わず睨みつけそうになってしまった。
「悔しかった」
「……」
「私は、悔しかった、すんごく」
「……春市だよ」
「春でも」
珍しいことを言うな、と少し現実逃避しながら思った。情けないことに指先が冷え切ってしまっていた。一度口を閉じて、言うかどうか迷う素振りを見せたなまえは、多分俺が苛立っていることも敏感に感じ取っているだろう。俺が言われたくなかっただろう言葉分かったうえで口にしたんだ、当たり前だった。まあ実際は困惑の方がずっと大きいが癪だから顔には出さないが。
「私の一番好きな選手が、あんな形で野球から離れるわけない」
しかし、ぽつりと落とされたその言葉に思わず目を見開いてしまった。間抜けにも口までポカンと開いていたと思う。言ったなまえはなまえで普段はいい慣れないような言葉を口にしたからか薄らと顔を赤くしていた。その頬を見て今耳に届いた言葉は聞き間違いではないのだと驚き、一気に脱力した。ソファーに突っ伏し体の全ての空気を吐き出す勢いでデカイため息を付いてやれば小さな声でなまえが「ごめん」なんて謝ってくる。謝るなら最初から言うなと思ったが口を開くのも億劫で胸元で潰してしまった紙袋からグローブを取り出して紙袋を放り投げた。
「つかなにそれ、俺今後も野球やるの?」
「……やる」
「はは、決められた」
あーあ、完敗だ。ちょいちょいと指先でなまえをこちらに呼べは恐る恐るソファーの正面に回ってきた。その足取りは明らかにビビっていて怒られると思ってんだろうなと呆れた。ちょこんと俺の顔の近くで正座したなまえを見て体を起こし、なまえの体をひょいと持ち上げる。わ、と体を強張らせたまま俺にされるがままになっている妹を膝に乗せ、わしゃわしゃと頭をかき乱してやった。
「え、ちょ、え?」
「あーあーあーあー、ほんっとやんなるなぁ」
「な、え、やめ」
「珍しく我儘言ったと思ったらなんだそれ、しょうがないな本当に」
そんな風に言われて、野球選手を辞められるわけないじゃないか。また泣けてきた、やってられないなあ、本当に。こいつらの兄ってのは大変だ。
投稿日:2018/0225
更新日:2018/0225