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途中から本当に聞いていていいのかと何度も腰を上げようと思ったが、音を立ててしまうことの方が躊躇われてしまったので、結局は最後まで姉弟の話に耳を傾けてしまっていた。亮さんの名前が出た時には流石にギョッとしたし俺の存在忘れているだろうと思ったけれど、それ以上に携帯から漏れてくる女の子の声が告げる内容の方が強烈で。
「お前もとんでもないこと聞くな、ビビったわ」
「つい……」
はは、なんて笑う小湊は全く反省した様じゃないのでこちらの内心も多少透けてしまっているんだろう。そりゃ、実家に帰った時の亮さんの様子とか、これから野球続けてくれんのかなとか、聞きたくても聞けなかった話を目の前でされちゃ腰が上がる訳がなかったのだ。最後の試合、怪我を押してまで試合に出た亮さんの不調に気が付いていたのは恐らく自分だけだった。役に立たないと思ったら告げろ、お前に言われたら納得だなんて言ってのけた先輩の言葉はそれだけの信頼を寄せられている嬉しさと責任感、そしてそんな言葉を言うしかなかったのであろう亮さんの状況を思うとどうにも叫びだしたくなるような心地にさせられたのと覚えている。多分、俺はあの言葉を忘れられないと思う。あんなに突き刺さるような信頼を、あの人に言葉として向けられたのは後にも先にもあれっきりだった。同い年だという亮さんの妹、小湊の姉は確かに二人と血がつながっているんだろうなと今の電話で思い知った。亮さんにそっくりだ。厳しいのに温度があって、熱の高い言葉に勝手にこちらが火を付けられるような感覚はあの時亮さんに言われた言葉を想起させた。
もう、亮さんと青道でプレー出来ることはない。亮さんとの二遊間はあの最高に苦い試合が結末だった。最後には隣のこいつに自分から居場所を任せて、任された弟はそれに答えて。
それでも負けた。俺たちは負けたのだ。
「昔から、兄貴の野球を一番に応援してたのは姉ちゃんだったんです」
「……ふーん」
そこにはお前も入ってるだろうがよ、と思ったが外野がとやかく言うことでもないかと言葉にすることは辞めた。変なところで引っ込み思案の気があるというか、兄と比較しがちというか。亮さんの弟ではあるがそれはそれだと思っているのでプレーで比較するつもりは鼻からない。今後俺と二遊間を組むのは間違いなくこいつなのだが、そこのところこいつは大丈夫なのだろうか。
「だからちょっとだけ、電話するの怖かったんですけど……倉持先輩隣にいてちょっとホッとしました」
「ヒャハハ、なんだそれ」
いま電話で聞いていた感じだと、電話の向こうの女子は逆立ちしたって弟が恐れるようなことをしないだろうことは明確だ。嫌われるとか軽蔑されるとか、恐らくはそんなことを思って怖かったと評したのだろうがまずないなと笑ってしまった。あんなことを言ってくれる身内がいるなんて愛されてんななんてありきたりの事を思ってしまうくらいには小湊が、亮さんが随分大事にされてきたんだろうことが他人である俺ですら伺えたんだから相当だと思う。
「まあでも、これで無様な事はもうできねーわな」
すっかり温くなったコーヒーを空に放って立ち上がる。丁度目の前に落下してきたそれをキャッチして大きく息を吐き出せばまだまだ夏のジメッとした匂いのする空気で、それでも夏は終わったのだと痛感した。つい先日練習試合で相当酷い恰好をしてしまったのはチーム全体が認識しているだろうから、どうすればいいのか、どう進んでいくのかに意識が向くのは早いだろう。沢村も、妹さんと話したのならまず心配ない。イップスではあるがあれだけ気の緩んだ顔をできるくらいに嬉しそうに出来ていたんだから、時間はかかるかもしれないが回復には向かうだろう。ぶっちゃけ試合直後にこんな言葉を貰っていただろう沢村がちょっと羨ましい。
「にしても、お前のねーちゃんホントすっげーな」
「僕もそう思います」
顔だけ振り返ってそう言えば、丁度立ち上がった小湊が少し自慢げにそう返してきたのでチョップをかましておいた。
投稿日:2018/0311
更新日:2018/0311