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「え?勝呂君ダンパ行かないの?」
「いかん」
「私どうしたらいいの?」
「知らんがな!」
 ガーッと吠えるように大声を出した勝呂君に全く怯むことなく「ひどい!」なんて言いながらもけらけら笑っているのは志摩君のクラスの女子生徒、みょうじなまえさんだ。よくこのクラスに来るので覚えてしまったがあまり話したことはない。冒頭のやり取りからも分かるようにどうやら彼女は勝呂君が好きらしい。そう言う話の好きな志摩君曰く、告白すること14回、フラれる事14回。志摩君調べなので信憑性に関してはよくわからないが少なくとも彼女が勝呂君の事を好いているという事はこの学年で知らない人はいないんじゃないかと思うくらいにはあからさまに好意を表現している。例えば僕が目撃したそれは休み時間の廊下、「勝呂君本当にすき、付き合って」「すまん」というやり取りをすれ違う瞬間にしていたものだ。勝呂君の隣を歩いていた僕は驚愕のあまり立ち止まったし平然と進んでいく勝呂君とオーバーリアクションで落ち込む彼女を何度も見遣った。ああ、志摩君調べの信憑性云々に関してだが、恐らく14回よりも多いのではないかと思っての事である。いや、もしかしたら志摩君の言う告白はもっと真剣みを帯びたものなのかもしれないが。日常会話の中のそれを排除しての14ならばまあ妥当な気もする。
「え〜、勝呂君行かないならいけない……」
「おー、すまん」
 こういうやりとりを排除して、という事である。このクラスの住人は流石に慣れたのかこちらに見向きすらしない。それもどうなんだと思ったが自分自身もこのやりとりを日常として捉えてしまっているからあまり人の事は言えないか。予鈴が鳴ったので名残惜しそうに勝呂君に別れを告げて駆けていったみょうじさんの背中を見送りながらため息を付いている勝呂君に声をかける。
「いいんですか?」
「普段あいつだけでも参ってるちゅーんにこれですよ……」
 机の中から取り出したのは、勝呂君あてへのラブレター。学園祭のダンスパーティーにかこつけて浮ついた雰囲気を感じてはいたがここまでとは、というのが正直な感想である。今朝も勝呂君の下駄箱から今手に持っているのとは別の色のものが出てきたのを目撃している。自分の断り文句はもうすっかり板についているので勝呂君のように疲弊はしなかったがこの機会にかこつけてという女子生徒の勢いはそれなりに凄いものがある。浮ついているのは女子に限らず、例を挙げるのであれば先ほども名前のでた志摩君。因みに彼は当たって砕けろ精神なのか何人にも断られているらしい。その粘り強さを塾でも出してほしいものである。
「手紙とか……しかも無記名て何考えとんねん……どうしろっちゅうねん……」
 困ったようにため息を付く勝呂君は本当に疲弊していてまじめだなあと、改めて思う。もしも自分が同じようにラブレターを貰ってそれが無記名だったのなら、見つけなかったことにしてそのままなかったことにしてしまう。いやこれは真面目とは少し違うか、僕が酷いだけだ。気持ちを向けられたらその分真剣に向き合うのが勝呂君にとっての当たり前。僕のようにいなすことや見なかったふりなんて彼は絶対にしないのだろう。
 だからこそ、みょうじさんに対する態度には本当に驚いたのだがあれだけ気安く告白をされてもまともに相手に出来ないのかとなんとも失礼な結論に至ってしまった。しかし流石にここ数日でやつれてしまった勝呂君を放置するのも忍びなく、みょうじさんには悪いが勝呂君にイベントスタッフとして参加してはどうか、と助言を与えていた。
「なまえちゃんおかえり〜、また坊のとこいっとったん?」
「ただいま〜、勝呂君のところに帰りたい……」
「帰るて……あかんなんか想像してもうた」
 エプロンを付けておかえりなんていう坊を想像してしまいおえ、と喉を抑えた。
 健気な子だなあと思う。あと馬鹿だなとも思う。花の女子高生の偉大さをミジンコたりとも理解のできていないあの堅物の坊なんかに惚れてしまうなんて、少なくともこの子は入学してから今日までの貴重な高校生活を棒に振っているんだから。なんだかちょっとかわいそうになってくるくらいに相手にされていない彼女は、それでも懸命にも愚直にも、一途だ。自分としてはそれも勿体ないと思う一因になりえるのだが、この子に関しては諦めている。
「なまえちゃんにアソビは無理やろなぁ」
「……何か言った?」
「ん〜ん、なぁんも」
 いつだったか、まだ坊がこの子の告白にちゃんと答えを返していた時だったから本当に最初の頃。何度目かの告白で、ようやるなあなんて内心では思っていたしこのままこの勢いで続けても坊が慣れてきて逆効果だろうなとも思っていた。それを教えてあげるほど人間が出来ていなかったので(坊に彼女とか想像できなくて気色悪かったのだ、別に先を越されるのが嫌だったとかそんな矮小なことなんてちっとも思っていない)思っていた通り、彼女の告白は流されるようになってしまった。しかしそれでも懲りることなく、それでもちょっとずつ確実に傷ついてただ真っすぐに女心の一つも知らない男に想いを募らせている。その証拠にずっと笑顔がぎこちないし目も合わない。これはかなり適当にあしらわれてしまったんだろうな。そんな女心のひとつも分かりもしないロクデナシに惚れてしまうなんて本当にかわいそうに。
 勿体ないなあと本当に思う。こんなに一途に思われるなんて羨ましいし、一途なこの子は結構可愛い。相手の一挙一動で表情をコロコロと変えて、可哀想で可愛い。冗談でなまえちゃん僕にしときや、なんて言いながらもできればこの子にはずっと一途でいて欲しいななんて矛盾したことを思っている。ついでに言うとずっと片思いでいてほしいなんてことは流石に誰にも言えない本音だが。
「あれ、なんか志摩君あんまり元気ないね?」
「……そうなんよ〜慰めて〜やぁなまえちゃん〜」
 じっと、真面目な顔でこちらを見てきて心配そうな顔をする彼女にお茶らけて答えるも、その顔は晴れない。坊関連に関してこの子はどこまでも馬鹿であるが、こういう言葉をサラッと言えてしまうくらいは聡い。産まれてからずっと一緒に居ると言っても過言ではない坊や子猫丸が気が付かないような空気の違い感じ取れるくらいには。いや、逆に彼らの前では気を張っているから気が付かれるわけがないのか。それでもその差は少しのもので、それを感じ取ってくれるくらいにはこっちのことをちゃんと見てくれているのだと分かってしまって、それがむず痒くて気持ちが悪い。
「ん〜、あんなぁなまえちゃん」
「うん」
 ヘラッとした顔で口を開いたというのに、それでも真剣にこちらの言葉に耳を傾ける彼女に、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ。
「ダンスパーティー、絶対に行ったらあかんで」
「……勝呂君と行けないならいきたくても行けないもん」
「あっはっは!じゃあ無理や!」
「志摩君酷くない!?」


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投稿日:2018/1020
  更新日:2018/1020