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空き教室から音を立てないように静かに退出し、何事もなく歩き出す。
廊下には陽が差し、初夏の暑さを感じさせた。

「暑いな……」

外されたブラウスのボタンの一番上を留めかけてやめる。

「暑いのは気温のせいじゃねぇだろ」

後方から聞こえた声に一瞬私に掛けられた言葉ではないのではないかと思う。

「優等生がサボリかよ」
「私のクラスは自習だよ」

振り返りながら言うと葵くんが佇んでいた。
あれから鹿野兄弟とは話していなかった。まるで私が見えていないかのような二人の態度に私は避けた。

「ま、そんなことどうでもいいけど」
「そう」
「おかしなお兄ちゃんが卒業してから随分と色々やってるだろ」
「葵くんにおかしななんて言われたくないよ」

笑みを浮かべ軽口をきいていた葵くんの表情から笑みが消える。
歩み寄る葵くんをただ見つめる。目の前で立ち止まり見上げた。綺麗な顔立ちだとぼんやりと思った。

「お前をおかしくしたのは誰だって聞いても教えるわけねぇよな」
「おかしくなんてなっていないから。葵くんは何も知らないでしょ?」
「知ってるっつーの。お前が何人もヤらせておかしくさせてるのも、教師さえもたらしこんでテストさえ受ければよくしてるって事も」
「葵くん、私に興味があるの?」

自然と口角があがり指先を葵くんの頬に触れさせる。

「さっきあの教室で覗き見してたの葵くんでしょ?」
「見られてるのわかっててやめないなんてこえー女。見られてた方が燃えるのか?」

下世話な笑みは葵くんらしかった。頬を撫で首筋に辿らせる。
どうせ雪柳先生がカメラ越しに見ている。この場で初めても人払いか見られても揉み消すだろう。

「人形みたいな女なんて抱かねぇつーの。勃たないしな」

なぜ私に今更接触してきたのかはわからない。
でもここで葵くんを陥落できたらどうなるのか想像ができなくて興奮する。
それを見透かしたように手が振り払われた。

「薄気味悪い奴とはヤりたくねぇ」
「……じゃあ何で私に話しかけたの?」
「それは、お前が何で……いや、何でもない」

言いかけてやめ、打ち切るように告げると私に背を向け行ってしまった。
雪柳先生が喜んでいるのが浮かぶ。

その後『君の魅力でも落とされないんだね、彼は』と案の定言われた。


数日後、私は礼拝堂の前にいた。
重い扉を開け懺悔室に足を向ける。いつだったか鹿野兄弟が懺悔室に呼び出され受ける仕置きは恐ろしいと話していたのを思い出す。
面倒だと感じた。これからの事ではない。人間の感情が。
ため息を吐いて懺悔室の扉を開ける。

「いらっしゃ〜い!」

礼拝堂という空間には不似合いに思える陽気な声に出迎えられ呆然とした。

「ささ、そこに座って。これから懺悔とお仕置きをはじめるからね〜」
「何をしているんですか、雪柳先生」

蘇芳先生がいると思っていたらそこには雪柳先生が歓迎するように両手を広げていた。
扉を閉めてとりあえず向かいあわせに置かれている椅子に座る。

「いやいや、まさか殺傷沙汰になるとは思わなかったよね。怖い怖い」
「……そうですね」
「嘘だと思ってる?」
「何がですか?」

雪柳先生も向かいに座り足を組み肘を置き前のめりになる。

「殺傷沙汰になるなんて思わなかった、ってところ」

昨晩私と関係を持った男子生徒が私に固執しストーカー行為をしたあげく他に関係を持った男子生徒を調べナイフで切りつけて回った。
捕まえたあとの言い分は学園の男子生徒全て殺せば私を自分だけの物にできると思ったそうだ。そのわりには軽傷でその程度かとも思う。

「あえて放置したのはわかっています」
「だよね。その方が面白いから」
「でも雪柳先生はもっと面白い展開を望んでいたのではないかとも思ってます」
「例えば?」
「私が……雪柳先生と関係を持ってると知り自分に向かってくるのではないか、と」

雪柳先生は感心したような声を漏らした。
視線を俯かせ組まれた足だけを見つめる。

「彼は残念ながらそこまで辿りつけなかったみたいだね。残念。でもなぜそうなった方が良かったかはわかる?」
「面白いから、ですよね」
「はっずれ〜!まあ、はずれではないんだけどそれはいわゆる模範回答だね。さすが優等生」

立ち上がり私の背後へと回る。
優等生という言葉に先日の葵くんとのやりとりを思い出した。

「雪柳先生?」

視界が遮られ目隠しをされたのだとすぐにわかる。

「はずれたからお仕置きしないとね」

肩に手が置かれ耳元で囁かれる。
何もわからない。彼の事も、自分の事も。だから嘘を重ねていくだけ。真実なんてわからないのだから。嘘なんてものがあるかすらわからないけれど。

「ふっ……」

輪郭を指先でなぞられ口内に指を差し込まれる。
私はこの手を受け入れるだけ。面倒な感情なんて忘れて受け入れる。



H25.5.21

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