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「津森さん何か嬉しい事でもあったの?」
「これからあるの」
「そうなんだ」
「うん」
廊下での他愛のない女子生徒の会話。すれ違った彼女は友人に指摘されたように喜びに満ち溢れていた。それはもう最上の幸せを手にしたかのように。
学園に律儀に外泊届けを提出し出ていった彼女のあとをつけていく。
暑い日差しなど感じていないかのように軽やかに店を巡っていく。しばらくすると両手は荷物で埋まり、それを理由に若い男が彼女に近づいていく。
「重そうだね。どこまで持っていくの?良かったら」
「これから大好きな彼の誕生日を祝うんです」
「あ、そうなんだ。邪魔してごめんね」
男の言葉を遮るように彼女は笑って告げた。その様子に引いたのか足早に去っていく。
「馬鹿だなぁ」
呟いた言葉はどちらを指したものなのか自然と漏れていた。
その足で彼女はマンションへ向かった。彼女が中に入り数分してから僕もあらかじめ用意していた部屋に向かう。
部屋に入りモニターの電源を入れると数台の画面に光が入り彼女がいる部屋の映像を映し出した。
「誕生日パーティーだね」
テーブルには料理が並べられていく。中央にはケーキが置かれ彼女は別の部屋へ移動した。別の画面に目を移すと着替えていた。この日のために用意した服なのだろう。女の子の精一杯のおめかしというものを見つめながら頬杖をついた。
身支度を終え、戻るとケーキに立てた蝋燭に火を灯し明かりを消す。一本だけの蝋燭、響く祝いの歌。部屋には彼女一人だけ。料理は二人分。
「誕生日おめでとう、葵くん」
鹿野葵の誕生日。鹿野葵が使用していた部屋で彼の誕生日を祝う彼女。
まるで彼女の目の前には鹿野葵がいるかのような光景があまりに滑稽で、でも画面から目が離せない。
「これからも祝わせてね。ずっと、ずっと一緒にいるよ。初めて記念日が過ごせて嬉しい。でもこれからこういう日が増えていくんだね」
祝いの歌が止んでも蝋燭は消えずに暗い屋内を照らす。まるで何かの話にある蝋燭の火に幻を見ているかのよう。
やがて蝋燭が消え、暗闇に包まれる。
それでも話し声はして笑い声さえ響いた。ずっとこの日を待ってたと彼女は語る。
「葵くんが私と出会ってくれて凄く嬉しい。だからお祝いをしたかったの。葵くんの日だよ。葵くんが生まれてきてくれた。私がこうしていられるのも葵くんがいるから。葵くんが生きていてくれたから」
暗闇に響く明るい声。
「まだ君は盤上にいるんだね。自ら作り上げた世界で君は彼を愛し続ける」
本来なら退場すべきクイーン。でも彼女はまだ幕を降ろしたりしない。
誰も彼女の実態など知りもしないしわかりもしない。
何事もなかったように過ごしているのに彼女の内側は鹿野葵で満たされている。
「どうしたらその盤上は壊れるのかな?ね、なずなちゃん」
自然と笑いが込み上げる。箱庭内の箱庭。可憐に笑う少女は侵せば修羅になり守る。ただ彼女の中にあるのは一人の男。
どこまで守れるのか。どうしたら崩せるのか。考えると笑いが込み上げ、些細ながら心の中で鹿野葵の生誕を祝った。
君が生まれたおかげで今の彼女が生まれた。
H25.8.29
DAY&NIGHT:2
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